昆陽神社

昆陽神社
昆陽神社

昆陽神社は、第8代将軍・徳川宗吉の時代にイモの普及に尽力した青木昆陽(あおきこんよう)の業績をたたえ、建立されたものである。

昆陽神社
昆陽神社

青木昆陽は、江戸時代中期の儒学者・蘭学者として知られている。江戸幕府8代将軍・徳川吉宗は、飢饉の救済のための作物として“甘藷(サツマイモ)”の栽培を昆陽に命じた。実際に昆陽が行なった小石川薬園(小石川植物園)、下総国千葉郡馬加村(現・千葉市花見川区幕張)、上総国山辺郡不動堂村(現・千葉県山武郡九十九里町)での試作を経て、享保の大飢饉以降、関東地方や離島でサツマイモ栽培が普及し、天明の大飢饉では多くの人々の命を救ったと言われている。そして、初めて試作が成功したとされる幕張に「昆陽神社」が建てられたというわけだ。後世、“甘藷先生”と称された昆陽は、芋神さまとしても祀られている。

昆陽神社
昆陽神社

尚、現在の昆陽神社は、京成幕張駅脇にあった開かずの踏切の閉鎖工事に伴い、平成16年に建てなおされたものである。

昆陽神社
所在地:千葉県千葉市花見川区幕張町4-594-2 

花見川区のitot


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