おばけ煙突跡

1955年頃の北千住でシンボル的な存在だった、通称「おばけ煙突」。この名前の由来は諸説ある。有名なのは、4本の煙突が菱形に建てられていたため、見る場所によって4本だったり3本だったり、2本や1本に見えたりしたからだという説。他には、その煙突は大きくて「おばけ」のように巨大な煙突がおばけのような煙を吐くからという説や、時々思い出したように煙を吐くので、いつ煙を出すのかわからないから「おばけ煙突」と呼ぶようになったという説もある。この煙突は、1926年1月、東京電燈会社(現在の東京電力)が当時の金額で約1,500万円かけて建設したもの。75,000kwの発電量をもつ日本最大の火力発電所だったそうだ。煙突の高さは83.8m、直径4.5m。その後、東京オリンピックが開かれた1964年秋から取り壊わされ、11月末には、その姿を消してしまった。

解体されたおばけ煙突はどうなったかというと、その一部が輪切りになって、1965年に足立区立元宿小学校に寄贈され、すべり台として残された。しかし、その小学校は最近では児童が減り、2007年春に隣の町の千寿第3小学校と統合された。生徒達は新校舎に移り、元宿小は廃校になっている。また、おばけ煙突の跡地には2000年に東京電力足立支社の近代的な新社屋が建てられている。このように「おばけ煙突」の面影を、現在の北千住で見ることは不可能だ。

しかし、お化け煙突の模型と貴重な映像と写真が東京浅草の「テプコ浅草館」に残されている。同所に赴けば、模型を見る位置によって煙突の本数が変わる様子が擬似体験できる。

のんびりとした昭和30年代を再現した世界は何ともノスタルジックで、当時を知らない世代をも「懐かしい」気持ちにさせてくれるから不思議だ。

おばけ煙突跡
所在地:東京都足立区千住桜木1-13 付近



PAGE
TOP