野火止用水

1655(承応4)年、幕府老中で川越城主の松平伊豆守信綱の命によって開削された「野火止用水」。そのため、別名「伊豆殿堀(いずどのぼり)」とも言われている。戦後まで長く、地域の飲料水や生活用水、田用水として利用された。 生活様式の変化や、上下水道の整備にともない、次第にその役割を失っていったが、現在もボランティアによる清掃などによって、美しい流れが守られている。また、流域周辺には武蔵野の雑木林が残っ .....


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