松の樹

4つ、時には8つに大別される中国料理の種類の中で、四川料理はほかのどれとも似ていない、独特な位置に属しているように思える。
四川料理には、ほかの料理ではなかなか味わえない辛さがある。そして、その辛さにも幾種類ものタイプがある。刺すような辛さ、しびれるような辛さ、どこか甘みを含んだ辛さ。ひとつの枠にとどまらない複雑な味わい、それがこの料理の醍醐味だろう。

かように複雑な、本格的な四川料理を好む人たちに愛されているのが、川崎区役所近く・平和通りの商店街内にある「松の樹」だ。
麻婆豆腐、坦々麺など、多くの人が思い浮かべる“ザ・四川料理”とも言うべきメニューも揃うが、ほかの料理店ではあまり食べる機会がない、本格的な四川料理を味わえることで、特に評判を呼んでいる。

川崎市川崎区の四川料理レストラン「松の樹」
川崎市川崎区の四川料理レストラン「松の樹」

松の樹では、本場の四川メニューで季節ごとにおすすめの料理を出している。そのうちの1つが、写真の「香脆蝦仁」(海老・きのこ・お菓子唐辛子の炒め)だ。
松の樹では、辛いとされる料理はメニューに赤字で示してあり、この香脆蝦仁はいちおう赤文字の料理に属している。「唐辛子」の文字があるから、それも当然だろう。しかし、この唐辛子には“お菓子”と付されている。いったいどのようなものだろう?
オーナーいわく「辛いものが大丈夫な人であれば、それほど辛く感じないはずです。そのままバリバリ召し上がれますよ」とのこと。唐辛子をそのまま口に入れるとは想像が付かない。

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エビやキノコなど人気の具材が入った、見た目は何の変哲もない炒め物、香脆蝦仁。例のお菓子唐辛子は、通常の唐辛子よりサイズが大きいこと以外、特に変わったところはない。見た目はイタリア料理の食材、ポモドーロ・セッキ(乾燥トマト)のよう。
恐る恐る口にすると……本当だ、全然辛くない。それどころか、お菓子唐辛子の名のとおり、香ばしさの中にどこか甘みさえ感じる。初めて味わうおいしさだ。
舌の上の残り香で味付けを分析してみようとするが、納得するものが思い浮かばない。意を決してオーナーに作り方を訊いてみると「塩漬けして干した唐辛子を揚げたものです」と、あっさりと説明してくれる。これにチュウニャンという、甘めの調味料などを加えているのだとか。
説明を受けても、この複雑な味わいはやはり分析しきれない。本場の四川料理というものに、改めて驚かされる。

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食べたことのない炒め物に衝撃を受けると、今度はよく知るスタンダードなメニュー上で、新しい味わいに出合いたくなる。そこで、四川の代表的な料理である坦々麺の汁なしバージョン「正宗坦々麺」を注文してみる。
「正宗」とは、“正当な”“本物の”などの意味。もともと坦々麺は「担いで運んでいた麺」であり、こぼれないよう、汁なしのスタイルがポピュラーなのだそうだ。

出てきた正宗坦々麺は、従来の坦々麺から汁だけを抜いたような、予想どおりのもの。と思ったら、そこに長い間食べたかった黒い粉がふりかけられているのを発見。久しぶりの再会に感動する。
この黒い粉とは、中国山椒。以前食べた中国産の麻婆豆腐の素に入っており、「中国にはこのような、爽やかな辛さもあるのか」と、目からウロコが落ちたものだ。しかし、日本の中華料理店で出される麻婆豆腐では、なかなか中国山椒にお目にかかれない。入っていても、隠し味程度だ。
しびれるような黒い粉は、一度味わうと、入っていないときには物足りなく思うようになるほどクセになる、摩訶不思議な調味料なのだ。

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「ああ、この味・この味!」と、舌をヒリヒリさせながら夢中で食べていると、オーナーから「これに黒酢をかけて食べると、また違った味わいになりますよ」と一言アドバイスが。
また違った味を楽しめる!? 喜び勇んで黒酢をかけると————刺激が抑えられ、しかし爽やかさは残したものになった。またしても「中国にはこのような、まろやかな辛さもあるのか」と、四川料理の魅力を再発見。

デザートは「杏芒」。先に食べた2品とはうって変わって、舌がホッと休まる一品。ちなみに杏芒は「アンマン」と読む。最初「餡饅」!? と間違えそうになったが、これは「杏」仁豆腐(アンニンドウフ)と「芒」果布丁(マンゴープリン)の冒頭の文字を取ったゆえのこと。
杏仁豆腐はミルクの味がしっかりする、手作りの味。それにも増して驚いたのが、マンゴープリンだ。マンゴーで作ったプリンと、完熟マンゴーの果肉をそのままつぶしたものをたっぷり混ぜた、何とも贅沢な味わい。
これまで食べた中で、最もマンゴーそのものの味を感じられた。

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松の樹というと、オーナーが考案した土鍋スタイルの麻婆豆腐が有名な店。グツグツと煮込まれた麻婆豆腐は濃厚な味で、普通のそれとは味わいが異なるという。現に「ランチで出している麻婆豆腐とはかなり違います」だそうで、これまた食べ比べてみたくなる。
松の樹を目指して川崎市内以外から客が訪れるのは、こうしたオーナーの研究熱心さにあるかもしれない。毎年のように四川を訪れ、情報収集し、最新の現地料理を持ち帰る。先ほどの「お菓子唐辛子」もその1つで、このところの四川で流行のものだそうだ。どうりで、よその店ではまずお目にかかったことがないはずだ。
これ以外にも、ほかの店にはなかなか見られないメニューがある。たとえば「正宗回鍋肉」。オーナーによると「四川では、回鍋肉にキャベツは入っていません。皮付き蒸し豚とニンニクの葉の辛味炒めが正式なものです」。
坦々麺、麻婆豆腐に次いで回鍋肉でも新しい、いや、本当の発見があるのかと思うと、満腹になったばかりなのにワクワクしてしまう。

今度は、噂の麻婆豆腐や正統派の回鍋肉を食べてみたい。いや、その前に、中国から種を持ち帰り、日本で有機栽培している旬の中国野菜の料理を試してみるべきか。
トウミョウにターサイ、黄ニラに葉ニンニク、マコモダケにミニチンゲンサイ。新鮮で味の濃い食材を「今日の野菜料理は、ターサイの塩炒めでお願いします」なんていうオーダーの仕方をすれば、中国料理をわかっている人のようではないか。きっと同行者の感心を得られることだろう。

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香脆蝦仁(海老・きのこ・お菓子唐辛子の炒め)…1,155円
正宗坦々麺(四川式汁なし坦々麺)…840円
杏芒…420円

松の樹
所在地:神奈川県川崎市川崎区東田町9-2 
電話番号:044-221-9939
営業時間:11:00~15:00、17:00~21:30
定休日:不定休



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