レストラン三澤亭

レストラン三澤亭

現在は閑静な住宅地の一角に、隠れ家のようにたたずむ「三澤亭」。その歴史は意外にも長く、前身のレストラン「プレシーブーレ」の開業から数えればすでに約40年間もの間、平塚の人々に愛され続けてきた店である。

長く平塚に住む人であれば、「プレシーブーレ」の響きに懐かしさを重ねる人々も多いかもしれない。1972(昭和47)年、平塚駅前にまだ本格レストランが無かった時代に、三澤亭の店主・三澤氏はフレンチのレストランを開業することを決意した。

自身のそれまでの職は建築構造士。東京から招いた一流シェフによる前衛的な料理と、ステンレスを基調としたシンプルで瀟洒な造りは、東京にも引けをとらない店であると一部の市民に絶賛されたものの、時代を先取りしすぎたためか、平塚の土地には馴染まなかったのだという。

レストラン三澤亭

食べ歩き好きが高じてレストラン経営に転向した三澤氏だったが、思いのほか振るわなかったフレンチのスタイルに頭を悩ませた。そしてわずか1年、料理未経験だった店主はシェフから料理を徹底的に教わり、自らの手で料理を作りはじめた。

何が平塚に求められているのか。平塚の人の味覚に合う味付けは何か。手探りで平塚の地に合うスタイルを模索した2年目。赤字経営の日々が続いたが、それでもレストランを続けたい一心で、さまざまな新メニューを考え、宣伝を打った。

レストラン三澤亭

苦境が続くプレシーブーレに福音をもたらしたメニュー、それが「ヤングマンステーキ」だった。当時ようやく手に入り始めた外国産の牛肉。これを大きく厚切りにカットし、ミディアムレアに焼き上げるステーキは時代の流行にも乗って大いにヒットしたのだという。

名物メニューを手に入れたプレシーブーレは繁華街で14年、移転後の駅前店舗で8年、深夜まで美味しい料理とお酒を楽しめるレストランとして繁盛し、多くの市民に親しまれた。当時は結婚式の2次会などに使われることが多かったため、現在でも三澤亭の店内に飾られる「プレシーブーレ」の看板を見つけ、懐かしがるお客さんが数多いそうだ。

駅前から移転し、自宅兼の「三澤亭」として開業したのは1994(平成6)年のこと。駅前に全国展開の低価格の居酒屋が建ちはじめ、いっぽうで新進気鋭の若手店主によるレストランも生まれた。

このとき店主は「駅前はもうこういう店に任せよう」と自身のやりたいように、のんびりと商売をすることを決意した。そして第二の人生の舞台として開業したのが三澤亭というわけだ。

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