雑木のある街並みづくりを進める「まちづくり上井草」の取り組み genro&cafe 千葉晧史さん

genro&cafeのオーナー千葉晧史さんが代表を努める「まちづくり上井草」は、雑木の植栽で街に一体感を生み出す活動に取り組んでいます。その取り組み「かみいぐさ雑木みちプロジェクト」の実績と、今後の展望についてお話を伺いました。

「杉並まちデザイン賞」受賞をきっかけに始まった活動

「genro & cafe」

――「まちづくり上井草」立ち上げの経緯をお教えください

千葉さん:自分のデザインした製品を主要文具店に卸す仕事をして、かれこれ30年近くになります。上井草にこの建物を建てたのは2003(平成15)年。アトリエ兼デポとして使い始めましたが、地元の方々にも製品を見て頂きたくなり、1階をショールームに用途変更しました。しかし、一向にお客様がありません。そこで、カフェ・スペース「茶・いぐさ」を併設し、コーヒー、クッキーなどを召し上がって頂けるようにしたところ、すこしずつご来店客も増え、お顔見知りも出来ました。

2006(平成18)年には、この「茶・いぐさ」の建物と植栽が「杉並まちデザイン賞」を受賞しました。「杉並まちデザイン賞」とは、杉並区内の景観の顕彰制度で、一般の区民の皆さんが事前にノミネートした景観を、数名の専門家が現地を見て回り受賞先を選定するというものです。この受賞が、私に「まちづくり上井草」を立ち上げる勇気を与えてくれました。仲間を募って、積極的に街並みづくりの提案をしていくことになったのです。店名の「茶・いぐさ」はその後「genro&cafe」に改称しています。

代表千葉晧史さん

――緑化は、この建物を建てる前から計画されていたのですか?

千葉さん:そうですね。実は、自宅も同じ植木屋さんによる雑木の庭です。コンクリート打ち放しのこの仕事場の場合、当初は店を開くことが目的ではなかったので、植栽をもっとも大切にしました。雑木の「株立ち」による植栽は、仕事場の日々を楽しいものにしてくれるはずですし、外壁を作らないことで地域の人々と季節感を共有出来ます。ブランドのイメージ作りにも役立つと考えたのです。

cafeを併設してから、お客様や住民の方々から植栽についてのご相談を受ける機会が多くなりました。より大きな目標としての街並づくり、グリーンベルトづくりも、おのずと視野に入って来たといえます。ひと口にまちづくりといっても多岐にわたります。私たち「まちづくり上井草」の取り組みは、「まちなみづくり」です。沿道の一軒ごとの緑化を進めて、最終的にはまち全体を1つの庭のようにしてしまおうという計画で、これなら、各家庭がその気にさえなれば、まちのどの地点からでも、いつからでも、計画を実施に移すことが出来るのではないでしょうか。この方法はいわゆる「都市計画」「再開発」というような言葉からイメージされるまちづくりとは正反対の、ネットワーク型の景観づくり、「暮しながらの」まちづくりです。

「修景」という言葉がありますが、「まちづくり上井草」の手法は緑化による「修景」の試みといえます。または、「景観リノベーション」でしょうか。商店街でも、新たに緑化部門を作ってもらい、みずからその担当者になりました。店頭への「株立ち」の鉢植えの設置を進め、夏場の水やり作業を買って出るなどして、商店街エリアの緑化に努めて来ました。

「まちづくり上井草」は任意団体としてスタートしましたが、雑木の「株立ち」によるグリーンベルトづくりの取り組みが評価され、杉並区の「テーマ型まちづくり協議会」の第1号に認定されました。2010(平成22)年8月のことです。この認定のお陰もあって、「杉並区立井草中学校」の建て替えの際には教育委員会と話し合う機会が生まれ、株立ちによる植栽の通学路「井草中雑木みち」を実現することも出来ました。

「杉並区立井草中学校」横の植栽

――あらためて「株立ち」について説明してください

千葉さん:一株の根から、たくさんの細い幹が立ち上がっている樹形を「株立ち」といいますが、「genro&cafe」の植栽に使われているのは、実はすべてこの「株立ち」です。「株立ち」をご理解いただくために、上井草の歴史を少しさかのぼってみましょう。上井草一帯は、70~80年前頃までは純然たる「近郊農村地帯」でした。標高50メートルの等高線が関わっているため、土地にはゆるやかな起伏があります。高台の上には大根やキャベツなどの野菜畑や麦畑が広がり、川沿いの低地では小規模な稲作が行われていました。両者を分ける「50メートル崖線」沿いの斜面に植えられたのは、クヌギ、コナラなどの落葉樹。この「崖線林=雑木林」は要するに「木の畑」ですから、10年~15年サイクルで伐採されました。薪として商品化され、市場に出荷されたのです。

雑木林の移りかわり

伐採後、土中に残った根株からは、若いヒコバエが何本も生えてきます。根は古株だけれども、若々しい細幹が何本も立ち上がる「株立ち」の樹形が、こうして出来上がります。この「株立ち」もまた、10年~15年後には根元から伐採されるわけです。植え替えをしなくて済むこの雑木林の管理方法は「萌芽更新」と呼ばれ、全国の里山で伝統的に引き継がれて来ました。

家の敷地に「株立ち」を一株植えると、そこには「小さな林」が生まれます。たくさんの幹が立っているからです。近くにもう一株植えれば、互いに響き合い、おのずと連続感やリズム感が生まれます。「株立ち」のみどりはボリュームの割に視覚的な「抜け」が良いので、建物と道路との間に植えると空間の懐が大きくなり、建物がセットバックしたような効果も得られます。家を建てる以前から存在した林のように感じる方も多いことでしょう。雑木の「株立ち」による緑化は、かつて薪の産地でもあった地元にふさわしいというばかりでなく、街なかのグリーンベルトづくり、空間づくりにおいても、きわめて合理的なのです。

株立ちの根本

――会の中心となって活動されている方はどのような方でしょうか?メンバーは何人くらいいらっしゃるのですか?

千葉さん:最初のメンバーは私と家族だけだったのですが、新たに地域に移住してこられた方などから、自分の家でも雑木の「株立ち」を植えたいという声を頂くようになりました。知らないお宅の庭が素敵だからといって、わざわざ玄関の呼び鈴を押してノウハウを質問する方は少ないと思いますが、「genro&cafe」は店舗なので、そういう方はひとまずお客様としてご来店くださいます。「株立ちとは?樹種は?植木屋さんは?必要な予算は?時期は?その後の管理は?」などいろいろなご質問を受けました。私としては1軒でも多く実現したいので、むしろ積極的にご相談にのり、ご一緒にその方のお宅を訪ねたりもしました。幸い共感者の輪が広がり、毎年数名のご依頼者を植木屋さんにご紹介したり、植え込み作業に立ち会ったり。その中から、「まちづくり上井草」のメンバーになって下さる方も出てきました。若い方の中には、カフェのコンクリート打ち放しの建物や、店内の雰囲気、流れているジャズなどへの関心から、メンバーになって下さった例もあります。

名簿上は40数名いるのですが、他所へ転居された方、多忙などの理由でお見えにならなくなった方などもあり、現役で活動しているのは10数名ですね。必ずしも上井草の住民ばかりでなく、練馬区の方もいらっしゃいます。発足当初は学生さんも多かったです。家庭の主婦も、商店街仲間も、カフェのお客様だった方もいらっしゃいます。植栽に関心のある方ばかりでなく、デザイナー、郷土史家、建築家、映像作家など様々な分野でクリエイティブな活動をしている方とか、社会の動き全般に関心がある方の比率が増えてきていますね。もちろん、上井草の街の暮らしに興味のある方なら、どなたでも大歓迎です。

メンバーの皆さま

イベントなどを通して広がる活動のネットワーク

――「まちづくり上井草」に参加するには、どのようにすればいいですか?また、地域に広げるためにどんな活動を行っていますか?

千葉さん:メールを頂く場合が多いですが、電話していただいても、直接声を掛けて下さっても結構です。活動としては、顔合わせをかねたイベントや、駅や中学校の植栽の手入れ、草取り、水やり等の作業、メーリングリストを通じた情報交換、webサイトによる情報発信などを行っています。かつては月例会の他に「坂市」という、年1~2回の手作り市のようなイベントを開催したり、街なかでポスターセッション(掲示と説明のイベント)をしたり、話題の「カレーキャラバン」のみなさんとの合同イベントなど、いろいろなことをやってきました。小規模な野外カフェのイベント「5月の庭」「10月の庭」も好評です。

「genro&cafe」の駐輪スペースの木陰で、無料のコーヒーを飲んで頂きながら、世間話をするというだけのささやかな催しで、気持ちのいい季節を選んで開いています。緑化の最終目的は、こうして樹下に憩う時間を楽しむことではないでしょうか?参加者の中から、うちでもやりたいという声も上がっているので、いずれは地域の複数箇所で同時開催出来たらいいなと思っています。たまたま通りかかった方が足を止めて、参加して下さる場合もあるし、SNSで交流していた方がお越し下さって、あらためて初対面のご挨拶をするというシーンもありました。

「10月の庭」の様子

――5月に開催された「井のいち」についてお教えください。

千葉さん:「井のいち」は、毎年5月のいずれかの日曜日に石神井の「氷川神社」で開催されるイベントです。その背景にある「井」のネットワークのことからお話ししましょう。上井草の地名にも「井」が含まれていますが、井の頭、井荻、石神井、貫井など、この地域には「井」のつく地名が多いのです。武蔵野台地を伏流して来た地下水が50メートル崖線付近の段差で湧き出して、武蔵野市の井の頭池、杉並区の善福寺池、練馬区の三宝寺池、白子川源流の井頭(いがしら)公園などの水辺が生まれました。大泉という水に縁のある地名がついたのも同じ理由でしょう。この「井」や「泉」などの地名をもつ石神井、大泉、井荻、井草の若い商店主、有志の手でフリーマガジン「井」が、年3回発行されています。

フリーマガジン「井」

「井のいち」は、このフリーマガジン「井」編集部メンバーを中心とする「井のいち実行委員会」の主催で行われています。もちろん、会場の「氷川神社」の全面的なご協力があればこそです。今年が第6回目。この「井のいち」には、まちづくり上井草のメンバーも少なからず参加、協力しています。当日の「氷川神社」の境内には、各店主手づくりの食べ物やクラフト、有機野菜などのテントが並び、鎮守の森に収まりきれないほどです。神楽殿ではジャズ演奏が行われたり、子どもたちのワークショップが開かれたり、本殿裏の「こもれびの庭」では朗読劇が演じられたり。若い世代や、子育て家族は、わくわく、いきいき、ほのぼのされるに違いありません。地元感あふれる、すてきなイベントです。新興住宅地を含む「井」のエリアは、中央線から大きく北に離れているせいもあって、これまで地域固有の街文化の積極的な発信は少なかったかも知れません。「井のいち」の魅力はすぐれてローカルなものですが、だからこそ、遠くまで届く新しさと普遍性を併せ持っていると思います。

「井のいち」の様子

公民で連携してみどりの豊かさを守っていく

かみいぐさ雑木みちプロジェクト

――「かみいぐさ雑木みちプロジェクト」の今後は?

千葉さん:「まちづくり上井草」の取り組みは、「まちなみづくり」からスタートしました。玄関先に1株植えるだけの小規模な個人宅から、駅や学校などパブリックな空間まで規模はさまざまですが、「かみいぐさ雑木みちプロジェクト」の実施先はすでに40箇所あまりになりました。その維持管理は、それはそれで一仕事です。学校や駅前などのパブリックな空間の植栽の手入れは行政の仕事、と考える人が普通ですね。誰かがやってくれる、と思っている。その「誰か」は自分ではない。でもこれからは、人口減少が避けられない以上税収も減ります。植栽の手入れくらいは住民の手で行えるのではないでしょうか。自分たちが出来ることは自分たちでやる。そういう時代が来ていると思います。都市空間の現状は、もっぱらプライベートな性格の個人の敷地と、誰のものでもないパブリックな道路という、ふたつに明確に分けられています。今後は、その両者の中間に当たるコモン・公共の空間を、より使い勝手の良い魅力的なものにすることが求められていると思います。そのための公民連携こそが必要でしょう。

「上井草」駅

緑化というと、単なる綺麗ごと、「おまけ」のようなものと捉える方々がまだ多いと思うのです。せいぜいヒートアイランド対策としての評価でしょうか。しかし、まちなか緑化は、店舗の売り上げにむしろ直結すると思うのです。仮に「genro&cafe」の植栽がなかったら、現在のお客様の大半は去ってしまわれることでしょう。「genro&cafe」のほとんどのお客様は、雑木の庭の魅力に惹かれてご来店くださいます。私は商用で定期的に都心へ出掛けますが、例えば丸の内などは莫大なお金をかけて緑化に励んでいます。うらやましいと思いますが、実は上井草も緑の分量では負けていません。上井草は「周回遅れ」のランナーみたいな街ですが、すくなくともみどりの分量ではトップランナーと並走しています。もともと上井草は緑被率の高い地域です。小公園には近郊農村時代の雑木林が残されていますし、ケヤキを主体とする立派な屋敷林が点在しています。この地元資産を活かさない手はありません。いずれも旧家を中心に守り継がれて来たものですが、新住民の多くもまた、地域のこのみどりの豊かさに惹かれて移り住んで来たはずです。

新旧の住民が結びつき、更に良い街に

メディアで紹介されることもしばしば

――取り組みによって商店街の活性化もできたらいいですね

千葉さん:お気付きと思いますが、駅周辺地区を取り巻く幹線道路沿いには、駐車場付きの大型店舗が次々に誕生しています。一方、駅前商店街は年々店舗数が減って、歯抜け状態になっています。昔のような、繁華な駅前商店街と、みどり豊かな閑静な住宅街とが対比される街の構図は失われました。中心市街地の空洞化、ないし重心移動といわれる変化がこの地域でも進行中です。車社会への移行、高齢化と人口減少、産業構造の変化、職住近接のトレンド等による生活スタイルの変化を受けて、長期的には鉄道利用の通勤者は減少することでしょう。駅前商店街はむしろこの変化を前向きに受け止めて、みどりの住宅地に個性的なお店が点在する「みどりの商店街」「グリーンモール」への転進を目指すべきだと思っています。

上井草地域では、いわゆる新住民の占める比率がすでに50%を超えています。 鎮守の森「井草八幡宮」を中心に引き継がれて来た農村由来の地域文化を引き続き大切にすると同時に、新住民による多様な街文化の創造、発信が期待されます。もともとベッドタウンは、人口が減れば空き家だらけになる宿命を負っています。生き延びるためには、転入者、来街者が途絶えないことが必要です。そのために、今の上井草に決定的に不足しているのは、多様な価値観を許容する魅力的な街文化でしょう。自分が魅力的だと感じるものをとことん追求し、それを発信し続ける人々がたくさん住む街である必要があります。

かみいぐさ碁盤坂

千葉さん:この地域は昭和初期に碁盤目状に街並みが区画整理されました。それが受け皿になって、今日の均質なベッドタウンが成立したといえます。ただし、直線的な道路は車が走りやすいので、街は単なる通過点になっています。升目に区画整理された街並を美しいと見ることも出来ますが、視点を変えれば、それは車社会のためのものであったともいえそうです。転入者、来街者を増やすためには、何より歩いて楽しい街でなければなりません。

「かみいぐさ雑木みちプロジェクト」が実現を目指す「雑木みち」は、多様な樹種による、下枝豊かな「歩行者のための散歩道」です。ふさわしいのは、表通りから1本入った生活道路かも知れません。そういう道の初めての場所で個性的な店舗に出会うことが出来たら、さぞうれしいことでしょう。これからは「まちなみづくり」にとどまらず、店を出したいという方々、不動産関係の仲間、建築家、デザイナー、環境に意識の高いひと、法律に明るい方、そういう人たちと一緒に、能動的な楽しいまちづくりをやっていきたいですね。「経済活動あってこその街並」でもあるからです。

genro & cafe

まちづくり上井草

代表 千葉晧史さん
所在地 :東京都杉並区上井草2-38-11(genro&cafe)
TEL :03-5303-5022
(genro&cafeご予約等)TEL :070-5580-6626
URL:http://kami-igusa.jp/
※この情報は2016(平成28)年6月時点のものです。

雑木のある街並みづくりを進める「まちづくり上井草」の取り組み/genro&cafe 千葉晧史さん
所在地:東京都杉並区上井草2-38-11 
電話番号:070-5580-6626(カフェ予約)
営業時間:11:30~22:00(L.O.21:00)
※金・土・日曜日は事前予約のコースのみで18:00~22:00(L.O.21:00)
定休日:月曜日
http://www.genro.co.jp/