“かつての超進学校”がパイオニアとなって取り組む教育改革

私立のような公立中「千代田区立麹町中学校」の挑戦<前編>/千代田区立麹町中学校 校長 工藤勇一先生


「麹町中学校」の開校は終戦とほぼ同時期、学制が施行された1947(昭和22)年春であった。それ以来現在に至るまで、政治の中枢である永田町に最も近い公立中学校であり続けており、付近に住まう政財界の重鎮やその子弟も、かつてはこの学校に多く通っていたという。今は「進学校」と言えばまず私立校を思い浮かべる時代になっているが、公立学校がエリート街道だったという時代もあり、麹町中もその一角を占めていた。「番町麹町日比谷東大」という言葉も、昔から都内に住む人の間ではよく知られている。千代田区に住み、「番町小→麹町中→日比谷高→東京大学」と辿るのが、かつてのエリートコースの代名詞だった。
その後時代は変わり、学校群制の導入などもあり、カリキュラムの構築が比較的自由な私立校に「進学校」としての地位を奪われる形となった。そうした状況の中、昨年春、ここに赴任した工藤勇一校長が麹町中再建に向けて、ユニークな施策の数々を打ち出している。
今回はそんな工藤校長の施策とそこに秘めた思いについて取りあげながら、“麹町中の今の姿”を前後編の2本立てでご紹介していきたい。

良好な設備にも後押しされる環境

自身の思いや教育のなんたるかを分かりやすく聞かせてくれる工藤勇一校長
自身の思いや教育のなんたるかを分かりやすく聞かせてくれる工藤勇一校長

麹町中の生徒数は現在、約340名余り。3学年が4クラス、1・2学年が3クラス、特別支援学級が1クラスで編成されている。校舎自体は各学年4クラスの構造になっているので、十分なキャパシティを持っているが、千代田区の子どもの数は減少傾向にあり、私立へ流れる割合も比較的高いことから、生徒数はここ数年、不安定な傾向にあるという。「生徒数を4クラスで安定させたい」というのも校長の願いのひとつであるという。

屋内にある温水プール
屋内にある温水プール

学校の特徴としては、「公立校でありながら非常に設備が充実している」という点がまず第一に挙げられるだろう。2012(平成24)年に建て替えられた地下1階、地上6階建ての鉄筋造りの校舎は頑強で、近代的な造りになっている。工事現場や首都高が隣にあっても、外からの物音はシャットアウトされており、静謐な学習環境が守られている。また、都心立地ながらも十分な広さの校庭を持っている。プールは屋内設置の温水プールで、屋上には天然芝の広い庭園があり、立派な和室や、最新設備を備えた会議室、まるで大学のホールのような、広い階段教室も備えている。

表千家の作法を学ぶこともあると言う和室
表千家の作法を学ぶこともあると言う和室

こうした恵まれた環境の中で、生徒たちは日々、勉学や自主的な活動に励んでいる。

変革のフェーズその1 ~学校の組織改革、「麹中メソッド」の確立

「一昨年までここは、まだまだ普通の学校だった。でもこれからは違う。公立学校の目指すモデルにしたい」と、会う人すべてに公言しているという工藤校長。校長はもともと中学校教諭はもちろん、東京都や目黒区、新宿区等、教育委員会等にも在籍した経歴を持ち、都の教育行政には精通している人物だ。その工藤校長が「教育の世界を変えるきっかけになりたい」という麹町中の改革とは、一体どんなものだろう。

まず、校長が赴任した2014(平成26)年、早々に行ったのが、「問題点の洗い出し」だった。自らの経験から見えた問題点だけでも約300項目、さらに教諭との個人面談や、学年や部署ごとの討論から挙げられた問題点も加え、合計340項目にも及ぶ問題点のリストを作り、まずはその問題点について解消する、改善する、という方向で動き出したという。

背の高い窓からは外光がたっぷりと取り入れられる。
背の高い窓からは外光がたっぷりと取り入れられる。

この改革は半ば強引にスタートしたというから、当初現場は困惑しただろうが、1年目の年度末には、そのうちの半分、170項目について解決し、ほかについてもほぼ解決の方向性を見出したという。「最初はある程度のトップダウンは仕方ありません。でも今は、職員が一丸となって改革に取り組めるムードができてきました」と、校長は話す。

「どんな世界であれ、自分の意志をもって社会に出ていく人を育成する」というのが、工藤校長が目指す中学校の教育像だ。その実現を目指す手法に「麹中メソッド」という名前を付け、生徒はもちろん、教職員にも浸透を図っている。

その柱は主に二つ、
 1 社会で必要とされる学び方の習得を支援する
 2 個性・特性を伸ばす機会を支援する
という二つに集約される。さらにこれを実践する中でキーワードとなるのは、下に記した8つの言葉だという。

 ・様々な場面で言葉や技能を使いこなす
 ・信頼できる知識や情報を収集し、有効に活用する
 ・感情をコントロールする
 ・将来を見通して計画的に行動する
 ・ルールを踏まえて、建設的に主張する
 ・他者の立場で物事を考える
 ・目標を達成するために他者と協働する
 ・意見の対立や理解の相違を解決する

これらの言葉を見ても分かるように、普通の公立中学校の「学校目標」や「目指す生徒像」とはずいぶん言葉の質が違う。どちらかと言えば、大人の社会で用いられる言葉だ。

麹中の目指す生徒像
麹中の目指す生徒像

しかし工藤校長は、「今までの学校教育は“心の教育”ばかりを謳ってきた。しかしそれではいけない。私が目指しているのは“行動の教育”です。実際の社会では行動が問われることが多い」と語る。

「善い心を持っても、善い行動を起こさなければ、何もしないのと同じ。たとえ、不順な動機でも善いことを行動に移す人の価値が高い」という論は社会のなかで生活していれば納得せざるを得ない。そして、“常に道徳的であれ”という「ある意味、大人でさえもできないことを子どもの目標にしない」、というのも校長の一つのポリシーだ。
この8つの言葉は通知票にも評価項目として追加され、生徒たちは少しずつこの言葉を意識ながら行動するように、変わってきているという。

同窓会から寄贈されたIT教卓「映るんボード」各教室に1機完備されている
同窓会から寄贈されたIT教卓「映るんボード」各教室に1機完備されている

「生徒にはいつも、再現性のあるスキルを身に付けるよう話をしています」。経験を繰り返して身につけた力は、その後の人生で繰り返し再現され、再現するたびに強くなる。そのきっかけを与えるのが、中学校の役割であると工藤校長は語る。

普遍的な価値観に慣れてもらい、そこから社会で生き抜く「本物の力」を会得してほしい。そういった願いがあるのだろう。

公立校の限界を打破する、放課後の活用 ~「麹中塾」とサークルの誕生

麹中塾のスケジュール
麹中塾のスケジュール

公立校は国が定めたカリキュラムに沿わなければいけない。その自由度は低い。対して私立校は自由度が高く、学年をまたいだ内容も学ぶことができる。この差は授業だけではどうにも埋められない。それが今の公立校の低迷の原因の一つになっている。
その打開策は案外簡単に、意外なところに見出すことができた。「放課後の活用」である。

従来放課後は、部活で活動をしている生徒以外は早々に帰宅する、というのが一般的だ。だったらそこを、「放課後も残って色々できる学校にすればいいのでは?」というのが、改革の一つの目玉へと結びついた。それが「麹中塾」とサークルだ。

「麹中塾」とサークル活動は放課後に自由参加で行っているもので、イメージとしては部活や生徒会に準ずるもの。学校の教諭ではなく、外部から雇った専門の講師を呼んでいるのが大きな特徴である。

大学の講堂のような階段教室。この日は文化祭の合唱に向けた練習が行われていた
大学の講堂のような階段教室。この日は文化祭の合唱に向けた練習が行われていた

「麹中塾」には「補習塾」と「発展塾」がある。これは図書館に併設された自習スペースを使い、1コマ90分、大学生の指導の下で学習するというもので、「補習塾」ではその名の通り、その週の授業の補習について、大学生にサポートしてもらいながら進める。いわば個人指導型の塾のようなものだ。

「発展塾」は、授業では取り組めない高度な内容について大学生が教えたり、実験をしたり、討論をしたりと、大学生が考案したユニークなプログラムに沿って行われる。塾の講師となるのは東大、理科大、上智大などの名門校の研究室に声をかけ、校長が「一本釣り」をして招いたという学生達。授業内容は彼らに一任しており、工藤校長が唯一依頼したのは「見本であること」だ。「教師よりも身近な存在が大学で学びながら、楽しく・懸命に生きている姿を見せてほしい」。そうした熱意が届いてか、学生たちが面白い授業をするために趣向を凝らし、生徒たちにとって良い刺激となっているそうだ。

工藤校長がサークル等で使えるようにしたという屋上農園
工藤校長がサークル等で使えるようにしたという屋上農園

一方、サークル活動の内容も充実してきている。例えばテレビ局から現役アナウンサーを講師に招いての「アナウンス塾」。これは単に喋り方だけではなく、朗読など感情の込め方、分かりやすいプレゼンテーションの仕方など、まさに社会で実践されていることを、教えてくれるという。

武道館・ダンス部の部活風景。いずれは放課後にたくさんの生徒が残って活動をしているというのが理想だという
武道館・ダンス部の部活風景。いずれは放課後にたくさんの生徒が残って活動をしているというのが理想だという

その他には屋上庭園で野菜を栽培し、それを販売して市場原理を学ぶ「麹中ファーム」についても、これから本格的に稼働させていく。その他、文化祭前の期間限定で行われる演劇サークルなども、外部からプロを招いて行っているもので、サークルの一環である。

今後は授業の中にも「その道のプロ」を招くことを考えており、近日中だけでも、陳建一シェフを招いての家庭科の授業や三國清三シェフによる生き方についての講演が決まっているそうだ。

後編へ続く

千代田区立麹町中学校

校長 工藤勇一先生
住所:東京都千代田区平河町2-5-1
TEL : 03-3263-4321
URL:http://www.fureai-cloud.jp/kojimachi-j/
※※2015(平成27)年10月実施の取材にもとづいた内容です。 記載している情報については、今後変わる場合がございます。

私立のような公立中「千代田区立麹町中学校」の挑戦<前編>/千代田区立麹町中学校 校長 工藤勇一先生
所在地:東京都千代田区平河町2-5-1 
電話番号:03-3263-4321
http://www.fureai-cloud.jp/kojimachi-j/