北畠公園

北畠公園
北畠公園

阿倍野の住宅街「北畠」の名の由来になった、南北朝時代の英雄、北畠顕家。顕家は21歳の若さで北朝の足利氏と戦い、敗走の末に討たれて亡くなった。顕家が最期を迎えた地は大正時代に、顕家をしのぶ篤志家達の手によって「北畠公園」になった。園内には顕家の墓がある。

北畠公園2
北畠公園2

「後の三房」と称えられた名将・顕家は千年の時を経て今、閑静な住宅地に緑をもたらす存在になっている。





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