梶ヶ谷 海老民
梶が谷で「海老民」の暖簾が掲げられたのは1970(昭和45)年のことだ。初代が修業していた蕎麦屋では、10年勤めれば“暖簾分け”して独立する決まりがあった。梶が谷以外の街で、“海老民”という屋号を見かけるのはそうした理由がある。しかしチェーンではなく、暖簾分けによる独立採算制を敷いているため、料理の内容だけでなく、その工程も使用する食材も店により異なる。
「梶ヶ谷 海老民」では、果皮を被ったままの玄そばを仕入れ、そこから磨き・石抜き・脱皮・製粉までの全工程を自店で行なっている。挽き立てならではの風味は、そば好きにはたまらないものに違いない。また、だし汁についても「梶ヶ谷 海老民」のそばに合う厚さに削るため、鰹節を節のまま仕入れている。酸化の度合いを極力少なくし、本来の味わいを引き出そうという考えもそこにはある。
どのような業態であれ、店を営んでいる者にこだわりを尋ねれば、そのひとつやふたつは返ってくるものだ。しかし「梶ヶ谷 海老民」では、どの工程についてもこだわりを語ることができる。とはいえ、“こだわり”を冗長に語ることはしない。美味しいそばを提供するために当たり前のことをしているだけ。あくまでも自然体――それこそ、店内に流れる心地よい時間につながっているのではないだろうか。
ざるそば、天せいろといった定番はまず試すべきだが、2ヶ月に一度、季節に合わせて変更される料理にも注目したい。何度訪ねても飽きることはなく、季節感をただよわせた料理と向き合うことができる。平日の昼間は、仕事の途中に立ち寄る者が多く、日が暮れれば地元客が大半の蕎麦屋となる。週末には、家族連れから老夫婦まで幅広い年代層が訪ねてくるそうだ。
住宅街に店を構えていることもあり、地域に根ざした蕎麦屋を志向している同店。言葉にすれば、“気軽に暖簾をくぐれる蕎麦屋”ということになるだろうか。他店ではなかなか味わえないそば湯まで堪能できる「梶ヶ谷 海老民」は、落ち着いた雰囲気をまといながらこれからも地域とともに歩んでいくことだろう。