近代神戸の発展を国家・文化の垣根なく支えてきた中国華僑のための学校「神戸中華同文学校」
開港150周年を迎える神戸の街において、設立から118年という長い歴史を持つ「神戸中華同文学校」。日本における世界への窓口として発展してきた多国籍な様相を持つ神戸市ではその人口の1割が外国人といわれている。その中でも中国華僑の流れをくむ人々は多く、観光地としての南京町の繁栄や神戸の経済発展にも深く寄与してきた。
歴史・文化的意味も大きく神戸の中国華僑の人々は近代神戸の大地の“塩”といってもいいだろう。そんな中国華僑の人々の学校として1898(明治31)年に設立された由緒ある学校「神戸中華同文学校」の王教頭先生にお話をうかがった。
始まりは中国での政治事変、しかし学校には政治的背景を持たず
――まずは学校の沿革と概要をお聞かせください。
1898(明治31)年に当時の中国の清朝において「戊戌(ぼじゅつ)の政変」が起きて梁啓超(りょうけいちょう)が日本に亡命しました。その梁啓超は当時住んでいた横浜で中国人(華僑)のための中華学校が必要だと考えて同じ年の1898(明治31)年に横浜に中華学校を設立しました。翌年の1899(明治32)年に既に開港していた神戸にも中国の華僑が多く住んでいたことから、神戸にも横浜と同様に「華僑のための学校」をということで「神戸華僑同文学校」を創立しました。さらにその後1914(大正3)年に「神戸華強学校」というもう一つの学校が設立されました。1919(大正8)年にはまた別の「中華学校」が設立し、その後1928(昭和3)年に2校が合併し、「神阪中華公学」となりました。そして1939(昭和14年)に「神戸華僑同文学校」と「神阪中華公学」が一緒になり名称が現在の「神戸中華同文学校」になりました。
――非常にたくさんの経過を歩んで来られたのですね
そうですね。やはり日本に慣れ親しんで日本の皆さんの協力のなかで生活を営んでいるとはいえ、華僑には中国語を教える独自の学校が必要だろうということがそもそもの始まりになっています。
戦争・震災 共に歩んだ神戸の時の流れ
1945(昭和20)年に神戸大空襲で校舎を全て焼き払われてしまいましたので、勉強をする場所がないということになりました。そんな中で、当時の神戸市長の中井一夫先生や神戸の方々の協力で「神戸市立大開小学校」を間借りして授業を復活させました。もともとこの中山手にあった学校から離れた大開小学校まで通学にも距離があり大変だったため、神戸の市電を貸し切って通学を行っていたようですが、日本の方々の協力に頼りすぎても、ということで1959(昭和34)年に新校舎を再建いたしました。
――現在、力を入れている分野や特徴的な取り組みなどがあれば教えてください
華僑といっても現実にはほとんどの生徒が日本の環境に慣れ親しんでいる子どもたちばかりです。そのため日本の教育も大切にしており、基本的には日本の教育課程と並行して授業を行っています。その中でも重視しているのがやはり「華文教育(中国語)」ですね。学校では中国語検定の受験を奨励し、希望者が受験してスキルアップに頑張っています。
――校舎に入ってくる際に中国語の会話が聞こえてきたのですが、校内では中国語を話す生徒さんは多いのですか?
それは私たち教師が望んでいるところではあるのですが、この学校に通う多くの生徒はいわゆる“1世・2世”ではないんですね。ほとんどは3世以降、おじいさんやひいおじいさんの世代に日本に来ているという世代ですので、生活は普通に日本の環境に慣れていて家庭でも日本語で生活をしているという子どもがほとんどです。ですから中国語の勉強はほとんどの生徒がゼロからのスタートとなっています。
――なるほど。そういった現実もあって華文教育に力を入れていらっしゃるということなんですね。小中一貫教育に関しての方針や進学目標などについて教えて頂けませんか
生徒の大半が日本生まれ、日本育ちで中国語や中国文化を全く知らないので、中国語や中国文化を身に着けてもらいたいという趣旨で華文教育を重視しています。また、将来日本で根付いていくためにも、特に中学校からは華文教育に力を入れながらも一般の日本の公立学校の教育課程を重視した教育になっています。
――例えば英語教育に関してはいかがでしょうか
英語教育に関しては少し日本の教育実態に遅れている部分があるので、今後の課題としているところでもあります。小学校では4年生からALT主体の授業があり、ゲームや歌などを通して英語に慣れ親しめるように取り組んでいます。しかし中学校ではALTとのTTの時間は取り入れていません。
――日本で唯一の中国民族管弦楽団である民族器楽部があるということですが、お話を聞かせていただけませんか
民族器楽部に関しては1986(昭和61)年頃に創設されまして、神戸のあじさいコンサートにも15年連続で参加させて頂いております。本校では小学校の「4年生からクラブに入ることができます。この民族器楽部にも約40名の部員がいる状態です。楽器自体が他の学校にはないようなものですので民族独自の楽器に慣れ親しみたいと楽しんでいる生徒は多いです。
――卓球や民族舞蹈部に関してはいかがですか?
中国舞蹈部に関してはこの学校でいちばん歴史の古い文化部になります。2016(平成28)年には、近畿高等学校総合文化祭兵庫県大会への出演、その他様々な地域交流の場にも参加しています。卓球部に関しては1970(昭和45)年頃に一時休部した時期もございまして、その3年後ぐらいにまた復活したという経緯があります。中国で卓球というと世界的な強豪といったイメージがありますが、本校には卓球を専門に指導する先生がいるわけではありません。しかし、そうしたなかでも頑張って、近年、成績が上昇してきている影響もあってか、興味を持つ生徒は増えてきておりまして、小・中合わせて50人ほどが頑張って活動しています。
――学校へはどのような方が入学を希望されているのでしょうか
本校の卒業生が、校風・教育方針・教育目標などに親近感を感じ、自分の子どもを入学させたいというケースがあります。だから、毎年入学希望者の半数は本校卒業生のお子様です。それ以外は中国籍を有する、卒業生でない方のお子さんや純粋な日本籍(1割をみたらない)の方のお子さんもいます。
――地域の方との交流などはありますか
元町や南京町での春節祭や、近隣の神戸小学校や外国人学校との子どもたち同士の交流、またクラブ部活動を通しての交流があります。神戸といえば外国人が多く、古くからの港街ということで様々な国の文化や行事に触れる機会も多いので、様々な形を通しての交流を行っています。また震災の時には神戸全体が大きな被害を受けましたので、そういった時の助け合いや、それ以降の震災行事でも交流を行っております。
――震災時には学校の被害などはありませんでしたか?
本校は幸いにして大きな被害はありませんでしたが、周辺で被害に遭われた日本の方も多くいらっしゃいました。本校は公的な避難所ではありませんでしたが、西門を開き、体育館や校舎を避難所として提供させて頂いた時期もありました。
これまでの100年とこれからの100年。共に築く神戸の未来
――神戸中華同文学校での学校生活を通して、どんな生徒に育ってほしいと思いますか
グローバル社会になっていますので、本校で中国語を学んで育ってほしいという基本のなかで、単に中国語ができるだけでなく、中国の様々な文化知識なども身に着けて中日友好の懸け橋になれる子どもが一人でも多く育ってくれたらと考えています。そのために本校の先生たちも一生懸命頑張っております。
――神戸中山手近隣の魅力や王教頭先生のおすすめスポットを教えてください
神戸と言えば、もちろん異人館は有名です。私も良いところだと思っています。それに南京町も是非訪れてほしい場所です。観光にはならないかもしれませんが、「HAT神戸」にある「人と防災未来センター」も神戸の歴史を語るうえでは欠かせないものではないかと思っています。
――最後に王教頭先生からなにか一言ございましたらお願いしたいと思います
本校は前身の学校が1899(明治32)年の開校から118年という長い歴史をもつ、華僑が設立した学校です。華僑のがんばり、また、日本の皆さんの協力がなければ今日まで学校が維持できなかったと思います。空襲で校舎が焼失した時にも校舎を貸してくださった神戸市、他にも、数多くの目に見えないサポートやケアーがあったと思います。118年の間に培った様々な良いところをこれからも維持して、今後、さらなる発展に繋げていければと考えております。
近代神戸の発展を国家・文化の垣根なく支えてきた中国華僑のための学校「神戸中華同文学校」
所在地:兵庫県神戸市中央区中山手通6-9-1
電話番号:078-341-7885
http://www.tongwen.ed.jp/