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12,000人以上の卒業生を輩出した歴史ある中学校

清瀬市立清瀬中学校

清瀬市立清瀬中学校
清瀬市立清瀬中学校

「清瀬市立清瀬中学校」は、1947(昭和22)年、戦後の新学制実施により「清瀬村立清瀬中学校」として開校した、歴史ある中学校で、卒業生の数は12,000人を超える。清瀬の行政の中心地の一角に位置し、周辺には雑木林も残る緑豊かな環境にあり、4階建て校舎に通常学級10クラス、特別支援学級5クラス、約360名(2020(令和2)年現在)の生徒が在籍し、のびのびと学校生活を送っている。主に「清瀬市立清瀬小学校」と「清瀬市立清瀬第八小学校」の2つの小学校の卒業生が入学しており、小学校と連携して学力向上にも取り組んでいる。2012(平成24)年に大規模な改修工事が完了し、耐震性が強化されたほか、各教室にエアコンが設置された。

教育目標は、
人間尊重を基本理念に、国際的視野にたち平和を愛する社会人の形成をめざして、
・正しい判断力と粘り強い実践力をもった生徒を育てる
・健やかな身体と豊かな情操をもった生徒を育てる
・高い知性とたくましい創造力をもった生徒を育てる
となっており、「知・徳・体」をバランスよく身につけた生徒の育成を目指している。

行事は、運動会などが生徒が主体的に取り組まれており、特に「合唱祭」は「所沢市民文化センター ミューズ」の大ホールなど、大きなコンサートホールを借りて盛大に行われる。部活動は13部(2020(令和2)年現在)あり、それぞれ、都大会などの大会やコンクールなどを目標に活動している。また、「箏曲(そうきょく)部」や「クッキング部」など珍しい部活もある。

1957(昭和32)年、創立10周年記念を記念して作られた校歌の作詞者は、石田波郷(はきょう)氏。現代の俳句文学に偉大な功績を残した俳人で、戦後、清瀬の「国立東京療養所」(のちの「国立療養所東京病院」、現「国立病院機構東京病院」)で療養していた縁で作詞された。石田氏は俳句の作品は多いが、詩は残しておらず、この校歌の作詞が「石田波郷の唯一の詩」といわれる。石田氏は、清瀬の豊かな自然を愛し、「第二の故郷」のように感じていたという。この縁から、近年、清瀬市では「清瀬市石田波郷俳句大会」を開催。石田氏門下の方々などが大会での審査員を務めるほか、「清瀬市立清瀬中学校」をはじめ市内各校での俳句の指導も行っており、子どもたちの作品は「清瀬市石田波郷俳句大会」の「ジュニアの部」へ出展されている。

2020(令和2)年度には清瀬市と東京都が連携し、敷地内に地域交流拠点(コミュニティハウス)が設置される。これは、元気な高齢者に、学校支援活動などにかかわってもらおうという、東京都としても初となる取り組みとなる。

清瀬市立清瀬中学校
所在地:東京都清瀬市中里5-624 
電話番号:042-493-6311
http://www.kiyose.ed.jp/kiyosetyuugakkou..

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