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映画のワンシーンのようなジャズ喫茶

ジャズ喫茶 映画館

「白山」駅の目の前にある、緑色のスチールラックに据えられた映写機。その上には35ミリフィルムをモチーフにした看板が掲げられ「映画館」と書かれている。不思議な名前に一瞬戸惑うが、ここは紛れもなく「ジャズ喫茶」である。

ジャズ喫茶と言えば、60年代から70年代に一世を風靡し、かつては都内随所にあった。昨今は年を追うごとにその数を減らし希少価値を高めているが、ここ「映画館」は文京区で唯一とも言える“純”ジャズ喫茶であり、都内はもとより全国、海外からもジャズファンが訪れている。

小さな扉を開けると、その先にはもう何十年とほとんど変わっていないであろう、琥珀色の空間が広がっている。店内は狭く、十数席程度。ズシリと響くような音響にまず圧倒される。

35ミリフィルムをモチーフにした看板
35ミリフィルムをモチーフにした看板
琥珀色の空間が広がる
琥珀色の空間が広がる

大人の香りが漂うカウンターの中に、マスターの吉田昌弘氏の姿が見える。ジャズに囲まれて育ったという吉田氏は、ジャズはもちろん、音響、電気機械、フイルム時代の映画機器等にも造詣が深い御大で、店内にはそれらの機材も置かれ、往時の雰囲気を演出している。

「楽器はできないんですよ。私は聴くほうの専門。そのかわり音響は凝ってるでしょう。あのスピーカーは木から自分で削って作ったし、アンプも自作。もう40年以上も前に作ったものだけれど。音響が好きで若いころはアンプのメーカーを作りたいと思っていたくらいなのでね。」と語る。

普段は言葉少な目のマスターだが、ジャズとオーディオの話題となれば饒舌になる。何十年という年月をかけて集めたコレクションは「もう数えられないくらい」の数が棚に並ぶ。比較的多いのはフリージャズのレコードということだ。

コレクションの多くはLP盤で、その溝から音をより忠実に拾うために、吉田氏はバキューム式のターンテーブルも自作したという。針で拾った微細な信号は、真空管アンプでアナログ的に増幅され、電気信号としてスピーカーに伝えられ、振動へと変換される。その振動が鼓膜を揺らし、訪れる人の感性を揺らす。

「ジャズ喫茶 映画館」マスター 吉田昌弘さん
「ジャズ喫茶 映画館」マスター 吉田昌弘さん
数えきれないレコードが並ぶ
数えきれないレコードが並ぶ

昨今流行の「ハイレゾ」は音をデジタル的に微粒子化する技術だが、吉田氏の音響に対するスタンスはあくまでも「ハイファイ」だ。ライブ会場でマイクが拾った信号を、いかに忠実に美しく再現するかということに執着している。その技術はすでに40年以上も前にアナログ的に完成し、今もその優位性は変わっていない。継ぎ目や段差のない、どこまでも滑らかで豊かなハイファイの音は、目を閉じれば数メートル先でライブが行われているかのような錯覚に陥らせてくれる。

マスターが淹れるコーヒーも絶品だ。白山にある「木村コーヒー店」による特注ブレンドで、コロンビアをベースにしたキリっとしたテイストに身が引き締まる。サイフォンで丁寧に仕上げてくれる姿もまた雰囲気があって良い。

特注のコーヒーもぜひ味わってもらいたい
特注のコーヒーもぜひ味わってもらいたい
サイフォンで丁寧に仕上げられる
サイフォンで丁寧に仕上げられる

店内にはマスター所有のフイルムカメラも置かれている。「35ミリフィルムはもともと映画用のフィルム。昔は映画関係の友達が、短くなってきたフィルムを譲ってくれたんでね、それを切ってパトローネに詰めて、よく写真を撮っていたんですよ。」と語る。

銀塩フイルムからプリントを作るという行為は、実は、音響の考え方と酷似している。良質なレンズで撮影したネガを、ハロゲンランプで照らしながら拡大投影し、四隅までピントを合わせ、じっくり露光し、現像液に浸す。そこに浮かび出てきたファインプリントを見る感動体験は、この店の音を聴いた時の感動体験と等質のものだ。

音楽という趣味において、確かに、「ライブ体験」というものは最上位にある。しかし、それよりもかなりお手軽に、「準ライブ体験」ができるジャズ喫茶というのも、なかなかに素晴らしいものではなかろうか。

マスターに雰囲気づくりの秘訣を聞くと、「秘訣なんて無いですよ。雰囲気というものは、お客さんが作るものです」と答えが返ってきた。ジャズ喫茶と言えば一昔前は「会話禁止」の店も多かったが、この店では会話も可能なので、マスターとジャズやオーディオ談義に浸るのもいい。それがまた、店の個性として定着していくからだ。但し、ムードを壊すような行為をすれば、マスターから注意が入ることだろう。あくまでもここは、「音を楽しむ」ための場所である。

店内のディスプレイも見入ってしまう
店内のディスプレイも見入ってしまう
味のある機材も一層雰囲気を盛り立ててくれる
味のある機材も一層雰囲気を盛り立ててくれる
どこを切り取ってもまさに映画のワンシーンのようだ
どこを切り取ってもまさに映画のワンシーンのようだ

かつて白山下で開業し、5年間はジャズ喫茶であると同時に、頻繁に映画の自主上映も行っていたため「映画館」の名が冠されたという。現在地に移転してからは、その回数を年数回程度に減らし、映画の監督を招いてより濃厚に開催しているそうだ。そういった機会に足を運ぶのもいいが、やはりこの店の醍醐味は、一人で訪れ目を閉じて、しっぽりと音に酔いしれることだろう。

今では「白山」駅前の“顔”のひとつとなっている同店。吉田氏はこの地をすっかり気に入ってしまい、これだけの年月が経った。「白山は山手線の内側ですが、その割には高度経済成長と縁があまり無くて、昔と比べて大きな変化というのが無いんですね。谷根千と同じように、昔の建物なんかもよく残っていて、そこが魅力でしょうね。治安もいいところですからね」と話す。

「ジャズ喫茶 映画館」外観
「ジャズ喫茶 映画館」外観

この店を初めて訪れた人は、ドアをくぐった瞬間に、「こんな店が本当にあるんだ」という驚きか、「懐かしいね」という郷愁か、いずれかを感じることだろう。40年余りの間、ほとんど変わることが無かったことは、この店の存在自体を「映画のワンシーン体験」へと変えた。吉田マスターがいる「ジャズ喫茶 映画館」は、これからも変わることなく、ハイファイなジャズと珠玉のコーヒーを届け続けてくれるのだろう。

ジャズ喫茶 映画館
所在地:東京都文京区白山5-33-19 
電話番号:03-3811-8932
定休日:日・月曜日
http://www.jazzeigakan.com/




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