求め、求められ、ともに歩む作品を。 時代に即した市松人形を製作したい。/市松人形職人 山崎明咲さん


市松人形職人 山崎明咲さん

求め、求められ、ともに歩む作品を。
時代に即した市松人形を製作したい。

近年、プラスチックや石膏を用いた量産品が増えている市松人形。しかし市松人形の魅力は、修理・修復をしながら人形とともに年を重ねることができるという点にある。日本の伝統工芸品として市松人形の技術を受け継ぎ、また次の世代へと受けわたすことは現世代の使命と言えるだろう。この世界に入るまでの経緯、どうしてこの道を選んだのか――お話を伺うため、市松人形師・山崎さんを訪ねた。

早速ですが、市松人形師になるまでの経緯を伺えますか?

市松人形職人インタビュー
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高校時代にまで話は遡ります。もっともこのときは、市松人形師になるとは考えてもみませんでした。高校受験を控えたときにふと、「中学時代の延長線上なら面白くないな」と思ったんです。

それで芸術系の高校に進学したわけですが、このとき選んだのが彫刻科。彫刻科を選んだ特別な理由はなかったのですが、今にして思えば、粘土をこねたり石鹸に彫刻したりするのが好きな子どもでしたから、意識していなかったにせよ、選ぶべき道を選んだのかなとは思っています。

学校を卒業されてからというのは、どのような道を歩まれたのでしょうか?

市松人形職人インタビュー
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造形会社でのアルバイト期間を経て、正社員として働くようになりました。その会社では子どもが好きなTV番組、スーパー戦隊シリーズに出てくるような造形物だったり、着ぐるみの怪人といったものを製作していましたが、しばらくすると、より小さなものを手がけたいという気持ちになり、フィギュアの原型師を目指すことにしました。

ある縁から仕事をもらうようになり、フリーランスという立場でも活動していました。

伝統工芸品である市松人形を手掛けるようになるまでに、どのようなことがあったのでしょうか。

市松人形職人インタビュー
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フリーランスとして活動していた時期に、着物に興味を持つようになりました。そのきっかけというのが、たまたま書店で手にした本に、アンティークの着物姿の市松人形が載っていたのです。市松人形の存在は知っていたものの、ガラスケースに飾られた静的な人形といったイメージしかなかったのですが、本で紹介されている市松人形は、それまで私が抱いていた印象をくつがえすような生き生きとしたもので、実際に見てみようという気持ちにさせたのです。

市松人形職人インタビュー
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東京・巣鴨に「市松人形館」なるものが存在することを知って訪ねてみると、館長が「熱心に御覧になっていますが、製作されている方ですか」と声を掛けてきてくれたのです。市松人形に興味があること、そして今はフィギュアの原型師として活動していることを話すと、市松人形を製作する教室があるので参加してみないか、と言って下さったのです。そのとき指導してくれたのが現在の親方、私の師匠です。

親方は、どのような方ですか?

市松人形職人インタビュー
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何よりもまず、親方の人形を御覧いただければ人柄も分かるのではないかなと思います。一職人として、技術に対する頑なさもありますが、同時に、親方が大切にしているのは新しい技術や発想に対する柔軟性。そしてそれらが、面白いかどうかという観点を大切にしています。私が試験的にやっていることを見て、「面白そうだから参考にさせてもらうよ」ということも多々あります(笑)

市松人形職人インタビュー
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それと忘れられないのが、弟子として勉強させてもらうようになったときのことですね。完成度が高いとは言えない人形を個展の場で、「これは弟子が手がけたものです」と紹介してくれたのです。

こうした場面は、それ以外にも何度もありました。そのおかげで、私のことを知っていてくださる方が少しずつ増えていきました。こうした親方の心配りには、本当に感激しました。

現在でも同じ場所で親方と仕事をされているんですね。

市松人形職人インタビュー
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技術だけを磨いても、優れた作品にならないのが人形作りというものです。普段の何気ない生活だったり、職人の生き方がそのまま人形に反映されます。

親方と話をすることでアイデアが浮かぶこともありますし、他愛ない会話のなかに求めていた答えが隠れていることもあります。工房を構え、一人で製作に臨むのではなく、こうした刺激のある環境というのが私には大切だと考えています。

山崎さんにとって市松人形の魅力というのは?

市松人形職人インタビュー
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まずひとつは、天然素材だけで製作されること。それにガラスや陶器ではなく、何度でも修理・修復が可能な素材ということも魅力ですね。表面に塗ってある胡粉は月日とともに味わいを増し、人間と同じように人形も成長していきます。

現在では量産品が主流になってしまいましたが、それとは逆のアプローチで取り組んでいきたいですね。消耗品ではなく、生涯を共にできる市松人形。私が手がけたものであれば数年後、数十年後であっても無償で修理を承ります。

山崎さんが手掛ける市松人形の特徴や、こだわりなどを聞かせてください。

市松人形職人インタビュー
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時代は変わってきているものの、やはり職人というのは男の世界です。それは市松人形も例外ではありません。数百年を超える歴史を有する市松人形ですが、女性の市松人形師というのは私だけと聞いています。女性ならではの視点や母性といったものを人形作りにも活かしていきたいですね。

見えないところにも丁寧な仕事をするという姿勢を大切にしながら、精進できたらと思っています。

職人さんが集まる、“もの「型」り”という団体に参加されているそうですね。

市松人形職人インタビュー
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各分野の職人が集まることで、個々の活動だけでは得られない発想が得られます。世の中は知らないことだらけ。知識を得て、発想力を豊かにしていきながら、“物”のなかに“物語”を添えられる仕事をしていきたいという願いが、“もの「型」り”には込められています。

話をしていると驚かされることも多く、その度に発見もあります。時代を意識しながら、常に成長できる組織でありたいですね。

最後になりますが、両国・錦糸町界隈の魅力について教えてください。

両国国技館
両国国技館

何よりも職人が多い、ということですね。物づくりに携わる私にとって、そのような環境は大きな刺激になります。それと「両国国技館」が近く、相撲部屋が点在しているので力士の姿も見ることができます。

回向院
回向院

これだけ浅草が近いのに隅田川を越えるだけで随分と落ち着いた雰囲気になるのも不思議ですね。「回向院」には「鼠小僧の墓」もあります。義賊として名を馳せた鼠小僧が眠っている場所。人情が残っているこの街に相応しい史跡ではないかと思います。

市松人形職人インタビュー
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今回、話を聞いた人

市松人形職人 山崎明咲 さん

市松人形師~只今修業中
http://ichimadoll.exblog.jp/

※記事内容は2013(平成25)年12月時点の情報です。