“西高生”としての誇りが伝統を培う/東京都立西高等学校 校長 宮本久也先生
閑静な住宅街の中にある「東京都立西高等学校」は、金田一秀穂氏や鎌田實氏など多くの学識者や著名人を輩出し続けている。とかくその華々しい進学実績を語られることの多い“西高”だが、その根底を支えていたのは日々の質の高い授業と先輩から引き継いできた伝統と誇り。“器の大きな人材”の育成を目指し、日々真剣勝負の教育活動を行う宮本校長先生にお話しを伺った。
育てたいのは「器の大きな人材」
――まず学校の概要について教えてください。
宮本校長:本校は1937(昭和12)年に創立された「東京府立第十中学校」を母体とする都立高校で、今年創立80年目を迎えます。現在は3学年24学級、全校生徒982名、職員80名で運営しており、卒業生の総数は28,000人を超える伝統ある学校です。
「文武二道」「自主自立」を教育理念とし、国際社会で活躍できるような“器の大きな人材”の育成を目指して、毎日の教育活動を行っています。
――“器の大きな人材”とは、どのような人物像なのでしょうか?
宮本校長:私たちが育てたいのは国際社会で活躍できる人材、日々変化し進化する世界に対応できる度量のある人間です。社会の変化は激しく、知識・技量・価値観すべてにおいて求められる能力も変わっていきます。その変化を取り入れ、自分のものとするには“大きな器”を持つしかない。キャパシティの大きい器をつくるには、本校でしかできない体験を多くし、質の高い授業で知識力を高め、視野を広げることが必要です。
しかしそれでも充分とは言えません。大きな器を支える厚い底は、“人から信頼される人間性”。知識だけの薄っぺらな人間では、底に穴の開いたバケツと同じです。人との交わりを多く持ち、人間的な幅を広げてしっかりとした底をつくることで、初めて大きな器に入った知識や能力を生かすことができます。多くの人との交わりの中から真のリーダーシップが生まれ、他を思いやる心やコミュニケーション能力が養われると考えています。
――生徒たちの器を大きくするために、具体的にはどんな教育活動をされていますか?
宮本校長:本校ではウィークデーの3日を7時間授業とし、その代わり土曜授業は行わないので、土曜日は自分の器を大きく育てるための活動をしてもらいたいと考えています。部活を頑張る生徒や、自分の好きなことに時間を割く生徒など様々ですが、学校としては土曜特別講座という、授業とはあまり関連しない大学の授業のような教養講座を開いて見聞を広めてもらおうと考えています。内容自体は先生にお任せしているので実に多岐に渡りますが、例えば「精神分析学に学ぶ」「シェイクスピアを読む」など一見受験には関係ないような、でも興味があれば非常に楽しい講座を学年問わず自由に受けることができるので、毎回100名以上の生徒が参加しています。
また年に4回、生徒と保護者を対象に西高の卒業生による訪問講義を開いています。例えば、「科学警察研究所」の研究室に勤務する今泉さんからは「犯罪捜査における個人識別の方法」、「NHK」アナウンス室の兼清さんからは報道全般に関するお話など、広い分野の卒業生に声をかけ、自分の西高時代の話も絡めながら楽しく話をしてもらっています。
それとは別に、西高出身者以外の方の話も聞いてみようと、今年は青色発光ダイオード開発者の中村修二氏にも講義もお願いしました。とにかく西高の生徒は素直で吸収力が高いので、「これを聞かせたい」「次はこっちを教えてみよう」と我々教師たちも刺激され、前のめりに色々と講座などを企画してしまいますね
文も武も極める「文武二道」の精神
――貴校の教育理念の柱、「文武二道」は文武両道とは違うのでしょうか?
宮本校長:「文武両道」は、勉強と運動を“両立させる”という意味で使われますが、本校の「文武二道」は両立だけでは満足せず、文と武のそれぞれの道を“極めよ”という意味です。「文」はもちろん教養や知識も含めた世界各国の文化的背景など、幅広く興味を持って学ぶこと全体を指しています。「武」は高校生ですとどうしても部活動に限られてしまいがちなので、学校内だけの活動に留まらず、課外授業や外部チームとの交流試合などで経験を広げられるようにしています。
「文武二道」とひと言で言っても、これはこれで実に欲張りな話で、子どもに多くを求める学校なのかもしれません。しかし、少なくとも西高の生徒たちはこれを実行し、やり遂げています。要はマネジメント能力の問題であって、大学生・社会人になれば一つのことに集中していればいいなんていう楽な環境はありません。いくつもの案件を同時進行させながら、上手にバランスを取る練習をしているのと同じです。
上級生や先生方が1年生に「早く西高生になろうね」とよく声をかけるのは、勉強にも部活にも手を抜かない西高生としては当たり前の姿を指しているのですが、入学したての新入生からすると実に大変なことのようですね。でも子どもたちは、文武二道を体現する先輩たちを見、共に頑張る同級生たちとお互い励まし合って、試行錯誤しながら少しずつ「西高生」へと成長していきます。
――“授業で勝負”というのも西高らしい合言葉ですね。
宮本校長:とにかく西高は部活や課外活動が盛んなので、生徒たちが忙しくて時間がない。ならば質の高い授業を行い、集中力を高めて、授業内ですべて解決すればいいという考え方です。授業は知識を教えるだけでなく、先生と生徒、生徒同士の意見の交換が活発になるような“考えさせる授業”を心がけています。
私が赴任当初に一番驚いたのは、授業終了時に教師の周囲に多くの質問する生徒たちが集まることでした。しかも「先生の推奨する解き方とは違うこの解き方ではどうか?」など、高レベルな質問も多く、時には教師たちが持ち帰って答えを用意することもあるくらい。教師たちは質問タイムが長くて職員室に帰る時間がないので、次の授業の道具を持ち歩くという姿もよく見られます。
――まさに真剣勝負の授業という印象を受けます。
宮本校長:教師にとっては毎日試されるような厳しい職場ではあります。毎日の授業もクオリティの高さを求められますし、鋭い質問も多い。職員室でも教科担任の自分の前を素通りして別の先生に質問に行かれてしまうこともある訳ですから。でも私は、こんなに「教えてほしい!」と熱望している生徒が多いのは、教師にとってこれ以上の幸せはないと思います。本校の先生は、ベテランの先生であっても次々と新しいことに取り組んでいますし、赴任当初は思い通りの授業ができなかった先生も自ら考えて勉強し、もがき苦しみながら改善して、生徒たちの信頼を勝ち得る先生も多い。生徒たちもよく授業を聞いているので、先生側の努力もよく理解し敏感に感じ取って、正当に評価します。授業を通じて生徒と真剣に勝負ができる環境は、教師として力をつけるためにも最高の環境だと思います。
綿々と受け継がれる先輩たちからの“伝統”という名のバトン
――卒業生との関わりが深いともお聞きしました。
宮本校長:こんな風に卒業生がよく訪れる学校が他にあるだろうか、と思うほど日常的に卒業生が学校にいますね(笑)。部活のコーチや進路指導のチューター、教育実習生や外部講師として大学進学した先輩たちが身近にウロウロしています。特に進路指導のチューターは、部活も勉強も頑張っていたメンバーを中心に、昨年進学した卒業生が毎日日替わりで進路指導室に待機して3年生の指導にあたります。先輩たちの指導は実にリアルで多岐に渡り、「部活と勉強のバランス」「時間の有効な使い方」といった正統派のアドバイスから、「この教科はどの先生に聞くのが早い」などの裏ワザ系の知識まで、実に様々です。
駒場キャンパスから近いこともあって「東京大学」の学生が週に3名ほど来てくれていますが、高校生からしたら「部活も行事も頑張りながら現役で国立トップ大学に入学する」という今現在の自分と比べたら宇宙人のような人物が、実際に目の前にいて「俺(私)も授業中眠くて困った」なんて話をしてくれる。すると宇宙人の存在を一足飛びに身近に感じられて、“もしかしたら自分もできるかも”“いけるんじゃないか?”という錯覚を起こす(笑)。このプラスの錯覚こそが非常に大事で、人間の“やればできる”という気持ちを引き出すんですね。
また卒業生からすると、学校から声をかけてもらえるのも後輩たちの模範や目標として認められたということですから、嬉しいことのようです。自分が目標としてきた先輩に、今自分がなっている。そうやって綿々と先輩から後輩へ、バトンが受け継がれて現在の西高があるのだと思います。
――校則がないというのは本当なのでしょうか?
宮本校長:一応、「上履きをはこう」という校則はひとつだけあります。以前は「授業中に麻雀と花札は禁止」という校則もあったのですが、最近はそういう生徒もいないので(笑)。生徒たちは、服装も髪型も髪の毛の色も自由です。スマホも禁止はしていませんが、授業中に触る生徒もいない。それはそうですよね、自分に不利になるだけですから。
生徒たちのなかに強くあるのは「西高生として恥ずかしくない」という、先輩たちから受け継いだ伝統というバトンです。私が生徒たちによく話すのは、そういった西高の雰囲気、つまり校則がなくても個々に誇りを持って恥ずかしくない行動をするのは、28,000人を超える先輩方が脈々と守ってきたものだということ。これを君たちが「べからず」的な校則がなければ自分を律することができないような学校にするなよと、それだけは口がすっぱくなるほど伝えているつもりです。
――進路指導重点校に指定されたということですが。
宮本校長:はい。東京都教育委員会から指定を受けていますが、創立以来変わらない自由で大らかな雰囲気のなか、優れた実績を残してきました。本校では「東大に何人入れよう」「国公立医学系に○○人目標」といった目標数値は一切設定していません。あえて言うなら、「生徒に合う進路先に入れる」ということでしょうか。実は昨年(2017年)の3月、現役・現浪人併せて3名が「東京芸術大学」に入学しました。また「京都大学」へは14名、「北海道大学」も9名と、とにかく日本全国各地、様々な分野へと子どもたちが巣立っています。名古屋以東で、「京都大学」に進む人数は本校が一番多いと聞いたことがありますが、生徒が自分に合うと思ったところへ進学させることが進路指導の基本と考え、彼らの背中を精一杯押して具体的にアドバイスをしています。
私が考える、この学校の一番の美点は「誰ひとり他人の足を引っぱらない」ところ。内申点を上げて推薦を取ろうと考える生徒もいませんし、何より“やりたいこと”や“目標”のベクトルが各自バラバラすぎて足の引っぱりようがないんでしょうね。ひがみ合い、人を羨むのは、同じベクトルの人間に対してでしょう? 学校が「1人でも多く東大に行け」となったら東大という同じ目標を持つ生徒たちの間で無意味な競争や足の引っぱり合いが生まれます。教師たちも「どこかに居場所があればいい」と考えて彼らの生活を見守っていますので、西高の生徒たちは見事なまでに頑張りどころが各自バラバラ。自分の得意とする場所でそれぞれが力を出し、それぞれの進路へと進んでいく。これは理想的な形だと私は思っています。
部活動や課外活動、行事にも手を抜かない西高生としての姿
――部活動が盛んで40以上の活動が現在あるそうですね?
宮本校長:運動部を中心に、週5~6日の練習は当たり前で頑張っています。2名以上集まればサークルが自由につくれることと、先生方は顧問を頼まれたら断らないのが基本なので、今は40以上の団体になったようですね。文化部を中心に兼部をしている生徒が多いので、現在の部活入部率は136%です。
アメリカンフットボール部は今春の関東大会でベスト4、一昨年は男子硬式テニス部が都立対抗大会で優勝、女子硬式テニス部も同大会で3位、吹奏楽部も東京都高等学校吹奏楽コンクールで金賞を受賞するなど、その頑張りが結果につながっています。
――海外交流事業としてアメリカ研修も実施されていますね?
宮本校長:これも“器の大きな人材の育成”の取り組みのひとつで、国際社会で活躍できる大きな器を目指して2014(平成26)年から新たにはじめたプログラムです。毎年100名近くの希望者があり、論文や面接の選考を経て、男子20名、女子20名の合計40名に参加資格が与えられます。
10日間のボストンでの研修ですが、事前研修もしっかりと行い、2・3日目は「ハーバード大学」や「MIT(マサチューセッツ工科大学)」での模擬授業や実験を体験し、現地の高校での授業など、朝早くから夜遅くまで文字通りみっちりと勉強してきます。
西高の生徒たちは観光旅行のような研修では絶対に満足しないだろうと考え、他にはない現地の教育機関に入り込んだ研修内容を毎年考えています。でも参加する生徒たちの熱心さや鋭さに、現地の先生方やスタッフが非常に好意的に受け入れてくださり、「来年もまた」と言ってくれます。これもまたよき風習のバトンだと思いますので、研修に参加する生徒たちには「君たちでこの研修が終わらないように、心して授業を受けるように」と伝えています。
――保護者の方々のお話も聞かせてください。
宮本校長:保護者会の出席率はほぼ100%で、学校や教育への感心は高いと思います。ただ意外に思われるかもしれませんが、「受験のこと」「テストの点数のこと」はあまりお話されませんね。それよりも、エネルギッシュな保護者の方々が多く、保護者自身が高校生活を楽しんでいらっしゃる感じさえします。年3回広報担当のPTAが発行している広報紙も、フルカラーで情報量が多くて初めて見たときは非常に驚きました。
年に2回、私を含めた「先生方と保護者が語る会」と称して交流の機会を設けていまして、保護者10名程度のテーブルに先生が1人ついて話をし、時間になると先生が移動する、という形でたっぷり語り合います。この保護者のグループも先輩保護者と新入学保護者が同じテーブルにつくように組み分けされていて、学校の話も先輩保護者から聞けるような仕組みになっています。
学校と保護者、学校と地域など問題が起こる場合というのは、相互不信が根底にある場合がほとんどです。学校運営にOBやOG、保護者、地域の方々のご協力は不可欠ですので、まず学校を広く開き、お互いコミュニケーションを取り合い、理解し合って協力関係を築いていきたいと思っています。
――先生が考える久我山の街の魅力とはどんなところでしょうか?
宮本校長:落ち着いていて、ゆったりとした街。昔から変わらない街、ですね。西高のこの雰囲気は、この久我山の街によってつくられた部分もあるでしょう。近所にコンビニが一軒あるだけなので、生徒からは少々物足りないという声も出ることはありますが、学校環境としては最高ではないでしょうか。
2017(平成29)年度の入学者を見ても、杉並区から46名、隣の世田谷区から39名、三鷹市から27名と、地元からの入学者が非常に多いのが特徴でもあります。つまり地域と密着した、地域に愛される学校だということです。近隣の「杉並区立西宮中学校」の図書委員の子どもたちが本校の図書館を利用したり、進路説明会を本校で行ったりと、日々の交流もよく行っています。
9月末に行われる「記念祭」は西高生たちにとってもかなり力の入ったイベントなのですが、高校のというよりも大学の文化祭に近い雰囲気ですね。その記念祭には、本校を目指す中学生親子をはじめ、近隣の方々など多くの人たちが足を運んでくださいますよ。
東京都立西高等学校
校長 宮本久也先生
所在地:東京都杉並区宮前4-21-32
TEL:03-3333-7771
URL:http://www.nishi-h.metro.tokyo.jp/
※この情報は2017(平成29)年6月時点のものです。
“西高生”としての誇りが伝統を培う/東京都立西高等学校 校長 宮本久也先生
所在地:東京都杉並区宮前4-21-32
電話番号:03-3333-7771
https://www.metro.ed.jp/nishi-h/