代表取締役・第25代 外郎藤右衛門さん インタビュー

小田原の地で500年以上を数える老舗薬店/ういろう(神奈川県)


「拙者親方と申すは、お立会の中にご存知のお方もござりませうが…」の口上で始まる、歌舞伎十八番の一つ「外郎売」(ういろううり)。実はこの演目は、二代目市川団十郎が「ういろう」の家伝薬で全快したことから創作されたものだが、約300年の時を経た今も、この家名と薬は往時と変わらぬまま受け継がれている。初代から数えて600数十年、小田原に招かれて500年以上を数える老舗薬店「ういろう」を訪ね、第25代・外郎藤右衛門(ういろう・とうえもん)さんにお話を伺った。

600年以上愛される「薬のういろう」と「お菓子のういろう」

――「ういろう」の歴史からお教えください

外郎さん:外郎家の初代は、医薬師であり中国・元朝の役人でもあった陳延祐という人物です。元の滅亡時に日本に亡命して博多に移住し、元朝での役職名「礼部員外郎」から2字をとって「外郎(ういろう)」と名乗りました。時の将軍・足利義満は明と国交を結ぶために中国に精通した人材を集めており、延祐にも声がかかったのですが、彼はこれを固辞。代わりに2代目宗奇が義満の招きで京に上り、公家同様の待遇を受けて朝廷に仕えました。また明に渡って陳家由来の薬の原料などを持ち帰って、延祐が持ち込んだ家伝薬を本格的に日本で作り始めました。

この薬は携帯性に優れ、薬効が幅広かったことから珍重され、朝廷でも評判に。烏帽子に薬を込めて参内した折、その香りがふわりと帝に届いたことから、帝より「透頂香(とうちんこう)」という名前をいただきました。その後1504年、5代目定治の時に北条早雲の招きに応じて小田原へ移り、現在までこの地で薬を作り続けています。

(出典:国立国会図書館蔵「歌舞伎十八番:外郎 虎屋東吉」)
(出典:国立国会図書館蔵「歌舞伎十八番:外郎 虎屋東吉」)

――薬のほか「お菓子のういろう」もありますが、こちらはどんな経緯で生まれたのでしょうか?

外郎さん:大陸の言葉、習慣に通じた二代目は朝廷から外国使節の接待を仰せつかることも多い中で、長旅に疲れた使節の方々にしっかり栄養のあるおいしいものを食べてもらうおうと、自らが考案したものです。黒砂糖と米粉を合わせて蒸したお菓子で、今でいう健康食品。黒砂糖が大変貴重だった室町時代に甘いお菓子を作ることができたのは、薬の原料の一つとして南方からサトウキビを仕入れていたから。言わば「薬屋だからできたお菓子」です。

これを接待に供するだけでなく来客にも出していたところ、「ういろうのお菓子はおいしい」いう話が広まり、頼まれれば作ってお分けして、時には代金をいただくようになりました。もちもちした食感と「棹菓子」としての形は我々がずっとこだわってきたもの。甘さを控え素朴な味を大切にしています。

外郎藤右衛門さん
外郎藤右衛門さん

――薬はお店での直売のみなのは、どのような理由からなのでしょうか?

外郎さん:遠方から来られるお客様には申し訳ないと思っています。皆様からご愛顧頂いているこの薬は、今でも昔ながらの製法を踏襲し、手間と時間を掛けて造っているため大量生産ができません。歴代当主を通じてこの薬に託されて来ている先祖の想いは、「地域の人々が健康で安寧に暮らせるため」にです。

情報と交通網が発達し、またネット販売があたり前の時代となりましたが、ご来店される方に必ずお渡しするために個数を限定し対面販売とさせていただいています。「目の行き届く範囲で心を込めてしっかり造る」ことで地域の皆様をはじめ多くの方から信頼を頂き650年歴史を重ねて来られました。目先の販路拡大に走って在庫切れとなり、薬を必要とされている地元の方にお渡しできないことが生じることは許されません。ご迷惑をお掛けしているお客様には申し訳ありませんが、これからも薬を造り続けるための私共のこだわりをご理解いただければ幸いです。

外郎博物館
外郎博物館

人の心意気の温かさは小田原の大きな魅力の一つ

――地域のために、お店として、またご自身として取り組んでいることについて教えてください

外郎さん:「地域の繁栄なくしては、老舗も年を重ねることはできない」というのが私の考え方なので、地元の町内夏祭りで弊社の和太鼓部が演奏させてもらったり、「北条五代祭り」では弊社駐車場で観光客の人に無料で甲冑着付け体験してもらったりしています。また私は、小田原市観光協会副会長や県西部の観光コンベンションビューローの設立理事、2019年3月に開催される「日本まちあるきフォーラムin小田原」の実行委員長も兼務しており、主に観光や文化をテーマに小田原の魅力を発信する活動に携わっています。

小田原城
小田原城

――小田原という街ならではの魅力は、どんなところにあると思いますか?

外郎さん:魅力はたくさんありますが、逆にありすぎて外に向けて「一押しはこれ!」と言えない所が小田原の悩みでしょうか。まず「北条時代から400年続く城郭に守られた都市」という自負がありますが、でも小田原はそれだけじゃない。東海道最大の宿場町という成り立ち、交通網の便利さ、明治には新政府高官の別荘地として愛され、北原白秋など文化人も移りすんだ地であること、それからやはり海や山の自然に恵まれ、気候の良さも特筆したい点です。

また、小田原の人は心意気が温かいと思います。モノは一回見たら満足しがちですが、心の通じた人にはまた会いに行きたくなるもの。お城や交通の便の良さでも人は来ますが、我々の人間味をもっと出して、お客様とフェイストゥーフェイスの関わりをもっていきたいなというのが、観光に関する今の私の考え方です。

「小田原」駅
「小田原」駅

――生活者の目線で見た小田原の良さとはどんなところでしょうか?

外郎さん:やはり海が近く、地の魚がおいしいのはうれしいですね。都心に向かう電車も新幹線、東海道線、小田急線とあるので、早く帰りたければ新幹線も使えるし、東海道が止まったら小田急線と使い分けることができます。道路の便もいいので、車でもすぐ東京に出られます。城址公園などがあって自然も豊かですから、子どもたちの情操教育にはいいと思います。引退後に文化活動をたしなむにもいいんじゃないでしょうか。どんな土地でも、いかに自分が楽しく充実した生活が送れるかは、その人のモチベーション次第でしょうが、生活しやすいところだと思います。

小田原市立三の丸小学校
小田原市立三の丸小学校

――最後に、これから小田原に住んでみたい人にメッセージをお願いします

外郎さん:「小田原は住んで良し、訪れて良し」ということに集約されてしまうんですが、東京からアクセスしやすい地域で、海と山があり自然に親しめる場所もたくさんあるので、お子さんをのびのび育てるにはいい環境です。小学校や中学校、高校を訪問して感じたことがあります。これはあくまで私の感覚ですが、都市部より子どもたちの目が活き活きしていると思います。また街の人が歩く姿を見ていても比較的のんびりしていますし、そういうところはゆとりがあると言えるのかもしれません。

小田原の地で500年以上を数える老舗薬店「ういろう」
小田原の地で500年以上を数える老舗薬店「ういろう」

株式会社ういろう

第25代 外郎藤右衛門さん
http://www.uirou.co.jp/uiro.html
※この情報は2018(平成30)年11月時点のものです。

小田原の地で500年以上を数える老舗薬店/ういろう(神奈川県)
所在地:神奈川県小田原市本町1-13-17 
電話番号:0465-24-0560
営業時間10:00~17:00
定休日:水曜日、第3木曜日、年末年始
http://www.uirou.co.jp/uiro.html