岡本公園民家園インタビュー
昔の暮らしを見て、体験して。
古き世田谷の魅力を今に伝える
世田谷区教育委員会 生涯学習・地域・学校連携課民家園係
今田洋行さん
多摩川左岸に沿って、空から見ると緑の帯のように上流から下流へ続いている、国分寺崖線(がいせん)。世田谷区の岡本地区はその段丘の主に上側、一部は下側と、崖を挟む形で広がっている地区である。この緑の帯の一角に、岡本の隣である瀬田地区から茅葺きの民家が移築され、それを囲むようにして「岡本公園民家園」が整備されている。
今回はこの「岡本公園民家園」のほか、「次大夫堀公園民家園」(世田谷区喜多見)の古民家の維持・管理にあたっている、世田谷区の文化財資料調査員・今田洋行さんに、民家園のあらまし、見どころ、楽しい年中行事の数々などについてお話を聞いた。
――まず、この「岡本公園民家園」ができた経緯について教えてください。
この公園が開園したのは1980(昭和55)年ですが、それ以前に世田谷区による古民家調査が行われまして、世田谷区全土に古民家がどれだけ残っているかを調べたんですね。それを機に、「古民家を移築した民家園を作ろう」という話が湧き起こりまして、当時、瀬田にあった「長崎家」が区に寄贈を申し出ました。「長崎家」は当時、「百姓代」という、村の役職を持っている有力な農家でして、古い形式を良く残している民家でした。今は段丘の下に移された形ですが、当初は高台の上のあったということです。
――「長崎家」はその時の状態のまま、ここに移されているのでしょうか?
古民家とは言っても生活のための空間ですので、(長崎家が建てられた)江戸時代からは、間取りも大きく改変されていたんですね。土間に床を張って、現代的なキッチンにしていたり、という具合にです。ですので、世田谷区が「痕跡調査」というものを行いまして、ここには江戸時代後期から明治初期の間取りが復元されています。
古民家を復元したり、移築したりする場合は、「原初に戻す」という形で、建てられた当初の時代に戻すやり方もあるのですが、長崎家に関しては「この建物と生活が最も有機的につながっていたと考えられる時代」ということで、江戸後期から明治初期になったということです。
――建物の特徴について教えてください。
私は建築の専門家ではないので詳しいことは言えないのですが、一般的な民家では「田の字型」と呼ばれる、四間取りを取る家が多いかと思います。ですがこの「長崎家」については、中心が少しずれていまして、「食い違い四間取り」という形になってます。民家の歴史をたどると、広間が一つあるだけの形から、最終的には田の字型に進化していくわけですが、この「食い違い四間取り」というのは、その進化のその過程の一つであるということです。
また、屋根については茅葺(かやぶ)きとなっておりまして、現在のものは、2011(平成23)年に新しく葺き替えられたもので、群馬県の職人さんに葺いていただきました。屋根の竹なども、黒い色のものは開園当初からのものですし、柱については移築前のものがだいぶ残っています。
また、この主屋の中では開園している時間帯はつねに火を起こしていますが、これにも理由がありまして、煙を出して屋根に浸透させることで、雨漏りを防いだり、虫を防いだりという効果があります。茅葺き屋根にとって、煙は必要不可欠なものなんですね。保存された古民家の中で火を焚くというのは、今でこそ他の地域の民家園でもやっていますけれど、開園当時は非常に珍しいものでした。
――主屋の外には土蔵や畑があり、農具なども置かれていますね。これも江戸時代のものや、復元なのでしょうか?
ここはかつての百姓代の屋敷を復元するということで造られましたので、主屋と、前庭と、土蔵と畑附属屋、屋敷林ということで配置されています。
土蔵は喜多見地区の浦野家から移築したものですが、当時の農家で蔵があるというのは珍しかったかと思います。このほか、当時の農家には「物置」というのが必ずあったのですが、こちらの民家園では、代わりにイベントなどで使いやすいようキッチンなどを置いた水屋を作ってあります。
主屋の中には生活用具の展示があり、外側には農具も置かれていますが、これらは江戸時代のものというより、昭和年代の物が多くなっているかと思います。世田谷ではかつて麦を多く作っていたということがあって、麦に関わる民具や農具が多いのが特徴ですね。
江戸時代のものではないにしても、昭和の時代まで、連綿と農業が営まれていたということでは大きな変化は無く、名残はよくとどめていますので、昔の生活の様子をよく見ていただけるかと思います。
――民家園では年間を通してさまざまなイベントを行っているそうですが、ユニークなものがあれば教えてください。
岡本の民家園が独自で行っているものとしては、毎年7月の「岡本七夕まつり」が大きなものでしょうか。これは岡本自治会と一緒になって、「岡本七夕まつり実行委員会」を立ち上げまして、そこが主催ということでやっているのですが、焼きそばやフランクフルトを売るような露店が出たり、ヨーヨーの店が出たり、地元のPTAの方がいろいろ出し物をしたり、という具合でして、夏祭りのような雰囲気で、毎年沢山の地域の方がお越しになります。
次に大きなものは、9月下旬の「十五夜の月見団子作り」でしょうか。この時には団子作りをしますが、岡本の自治会の人が講師をして、昔の作り方を教えてくれて、それを参加者が作って、主屋の囲炉裏で団子汁にして食べたり、人によっては持ち帰って、お供えしたりしています。イベント自体は12時から午後4時までとなってますが、その後、午後6時から8時まで「十五夜の解説会」というこで、月を見るイベントも行っています。
その他にも、5月の子どもの日のイベントや、10月に行われるお茶会、菊の展示なども恒例行事になっています。毎月1回ぐらいのペースで、「土曜日を楽しもう」というイベントもありまして、けんだまやお手玉など、昔のおもちゃの手作り体験も行っています。古民家に興味があるという大人の方は、年に数回「古民家解説会」というものもありますので、そちらに参加していただくのも良いかと思います。
このほか、民家園を支えているボランティアの方が指導者となるというイベントも沢山ありまして、岡本の場合は特に「岡本紙すきの会」という団体が活発に活動していますので、その会の方が指導する「紙すき教室」が月に1回ぐらいのペースで行われています。ほかにも、「そば打ち教室」、「味噌作り教室」などがそれぞれボランティア団体の協力で行われています。
岡本のほかに、次大夫堀公園(喜多見)の民家園でも同じように色々なイベントを行っていますので、併せてチェックしていただければ、親子で楽しんでいただける機会も多いと思います。こういった情報は区のホームページでも公開していますので、是非ご覧ください。
――この公園にはどんな方が訪れて、どんな利用をされていくのでしょうか?
岡本の民家園の場合は、次大夫堀(丸子川)沿いに散歩コースが充実していますので、散歩の途中で寄られる方が多いですね。親子連れの方も来ますし、散歩の方も来ますし、ご年配の方を中心として、歩こう会などの人も多いです。近くに保育園がありますので、保育園の子も沢山来ます。
次大夫堀公園のほうが大規模なんですが、来園者数は岡本もほぼ変わりませんから、このこぢんまりとした感じを気に入っていただいて、何度も訪れていただいている方が多いのかと思います。崖線を背にしていますから夏も涼しくて、散歩の途中で休む場所としてはも最適かと思います。囲炉裏のお湯を使ってお茶を飲んでいただけますから、ゆっくり休みながら、古民家を楽しんでいただければと思います。
――最後に、岡本エリアの魅力についてお聞かせください。
岡本は国分寺崖線の崖が特徴的な地域で、江戸時代には、「もみじが丘」という景勝地にもなっていました。多摩川までずっと見下ろせたので、避暑地として、士族や財閥などの間で愛されていた場所だったんですね。今でも岩崎邸(静嘉堂文庫)や高橋是清邸のほか、小坂邸、清水邸などが残っていますが、それ以外にも、崖線沿いには高級な家が並んでいます。この雰囲気の良さ、景色の良さと、崖線の緑の豊富さ。これが岡本の一番の魅力かと思います。
もちろん、ちょっと歩けば多摩川にも出られますし、今で言えば、二子の街が近いというのも魅力だと思います。その割にはとても静かなところですから、自然に興味がある方、文化の香りがある地域が良いという方、静かな場所が良いという方におすすめの場所ですね。こういう場所は、都内にはなかなか無いかと思います。
「建物がただ建っているだけではない、“生きている古民家”を目指したい」と、積極的に建物を使いながら、保存するという形を模索している今田さん。今後も世田谷の民俗を調査、研究し、「極力かつての世田谷に近づけるように、民家園に取り込んでいきたい」と意気込んでいた。
のんびり、ゆったりとした雰囲気を楽しみつつ、忠実に再現された昔の姿、昔の文化、昔の遊びなどを体験できる「岡本公園民家園」。近くにお住まいの方はぜひ足を運んでみてほしい。
今回お話を聞いた人
世田谷区教育委員会
生涯学習・地域・学校連携課民家園係
今田洋行さん
岡本公園民家園インタビュー
所在地:東京都世田谷区岡本2-19-1
電話番号:03-3709-6959
開園時間:9:30~16:30
休園日:月曜日
※記事内容は2015(平成27)年10月時点の情報です。
http://www.city.setagaya.lg.jp/shisetsu/..