子どもの根っこを培う心の教育

「あと伸びする人間」を育てる/武蔵野幼稚園 園長 原田小夜子先生


豊かな自然に囲まれた山のなかにある「武蔵野幼稚園」。「大空にはばたく鳥のように」という創立の理念を象徴する園舎が、園庭の子どもたちを見守るように翼を広げている。「子どもに尋ねる」という姿勢を貫く根気強い保育で、子どもとの信頼関係を強固に築いている。「毎日子どもたちと接するのが楽しくて仕方がない」と笑顔で話してくれた原田小夜子園長先生に、幼稚園のこと、保育のこと、そしてこの松が谷の子育て環境についてお伺いした。

園内の様子
園内の様子

――園の沿革や保育方針について教えてください

原田園長:本園は1974(昭和49)年に創立された幼稚園です。保育の理想である「大空に羽ばたく鳥のように」という言葉を象徴するように、園舎は園庭の子どもたちを両翼で包むこむような鳥のデザインになっています。

「共に育ち合う集団づくり」「すべての人間は平等であるという広い視野で考える」「日本の文化に触れながらゆとりや四季感や生活の中の作法を培う」、の3つの保育方針を守りながら日々の保育活動を行なっています。

元気いっぱいな子どもたち
元気いっぱいな子どもたち

――保育を行うなかで大切にされていることは何でしょうか?

原田園長:2~6歳は、人間の基礎になる大事な「根っこ」の部分を育てる時期です。だからこそ“心身ともにタフ”に育てたいと、特に心に重きを置いた保育・教育を行なっています。

具体的には、「子どもたちの話に耳を傾けること」「子どもたちに意見を尋ねること」の2つを徹底しています。喧嘩をしていたら原因を尋ねる、じっとしていられない子どもならどんな気持ちなのか尋ねる、ということを根気強く行ううちに、最初は気持ちを伝えることが苦手だった子どもたちも、自分自身のことを自分で語れるようになります。そして話を聞いてくれた先生や周囲の子どもたちと信頼関係を結べるようになり、無駄に騒いだり乱暴をする子がいなくなります。

例えばクラスの話し合いの時にじっと座れない子がいたら、ゆらゆら動く椅子を用意すればいい。その場にいたくない子がいたら、教室のロフトから話し合いに参加すればいい。その子にとって安心できる環境に置いてあげさえすれば同じように話し合いに参加して、びっくりするほど建設的な意見を言えます。

原田園長先生
原田園長先生

――徹底的に子どもの話に耳を傾けるというのも、忙しい毎日のなかでは難しくないでしょうか?

原田園長:先生たちにも本園の保育方針をとにかく理解してもらうことが第一歩になっていますので、「どんな保育がしたいか」「子どもとどんな遊びをするか」「どんな先生になりたいか」を徹底的に尋ねます。

本園では先生たちは実によく勉強し、様々な挑戦をたくさんします。20代~60代の年齢層の幅広い先生たちが大勢いますから、「とにかく思い通りにやってごらん。間違っていたら指摘するから」という見守りの姿勢が貫けるんです。教育現場で大切なのは「職員集団」です。私たちが風通しよく話し合い、助け合い、信頼し合って保育する姿勢が、常に子どもや保護者たちに見られて、試されていると思っています。

保育の様子
保育の様子

徹底した実地体験と話し合い活動を通じて、自分で考え判断する力を

――多くの取り組みのなかでも、特徴的なものを教えていただけますか?

原田園長:まずは「米作り」の取り組みです。本園では田植えや稲刈りだけでなく、田おこしや代かき、害虫取りも子どもたちが行います。害虫取りで採ったイナゴも唐揚げにして食べるんですよ(笑)。田んぼは地域の里山クラブから借り受けて、その会員の方々が一連の米作りをお手伝いしてくださっています。そして稲刈りの時期には「収穫祭」を開き、里山クラブの会員の方々をお招きして、釜戸で収穫したお米を炊き、「案山子(かかし)」の歌を歌ってお聞かせしたり、子どもたちがつけている「田んぼ日記」という絵日記をまとめてお渡ししたりしています。

園外の活動も多い
園外の活動も多い

また「話し合い活動」も力を入れている取り組みです。例えば入園してきた当初はできなかった、「自分の気持ちを相手に伝える」「相手の気持ちに耳を傾ける」というコミュニケーションの基礎が、年中・年長と年齢があがるごとに身につき、子どもたちだけで話し合いができるようにまで成長します。物の取り合いなどで揉め事が起こった時、年少時は先生が間に入り2人の意見を聞きますが、年中になるとそれを見ていた周囲の子どもたちが事の成り行きや自分の意見を発言するようになり、年長ではクラスの話し合いで議題に取り上げられるという風に、話し合いの輪が年々大きくなっていくんです。いろいろなことを全員で話し合われてしまいますから、子どもたちはみんな正々堂々とせざるを得ない。幼稚園は小さな社会になっていて、本当に面白いです。

年中で取り組む「大型動物作り」も話し合い活動の一環です。3~4人のグループで一つの大きな動物を制作するのですが、動物を決めるところから、知恵を出し合い協力し合って完成させるまで、子どもたちは多くの話し合いを通じて共同作業で一つの作品を作り上げていきます。

大型動物作りの様子
大型動物作りの様子

――釜戸給食(釜戸の日)もユニークな取り組みですね

原田園長:これは週に1回、子どもたちが昔ながらの釜戸で炊いたご飯を食べる日のことで、ボランティアのお母さんたちにも手伝ってもらい、園庭に出した釜戸に薪をくべてお米を炊きます。里山クラブが育てた無農薬の野菜を専属の栄養士さんがおかずに調理してくれて、一汁一菜でお昼ごはんにします。

「食べることは生きること」です。豪華でなくても、便利でなくても、手をかけたものを食べることが大切です。もし災害にあって電気やガスが使えなくなっても、釜戸の使い方を覚えていれば、この園でいつでも食事ができます。これは防災訓練の役目も果たしていますし、近代的な環境が整わなくても生きていける力を養う場でもあると考えています。

園庭
園庭

「大切なことはめんどくさい」――手間暇を惜しまずに子どもを育てよう

――先生の著書である『日本一めんどくさい幼稚園』の“日本一めんどくさい”所以について教えてください

原田園長:世の中、“大切なことはめんどくさい”ものです。現代は合理的で効率的なことが求められる傾向がありますが、やっぱり大切なことにくらい手間暇かけてゆっくり・じっくり取り組まなくてはね。大人の都合でなく、子どもの好き嫌いでもなく、「子どもの成長にとってよいこと」を第一に考えると“めんどくさい”ことばかりです。子どもと関わること、子どもの話を聞くこと、食事を作ること、自然の中に出かけること、それらに親子で丁寧に取り組みやり抜くことで、「困難なことにも挑戦できる子」「努力し続けられる子」「最後まであきらめずにやり遂げる子」が育ちます。そして親も、世間の価値観に惑わされない、ブレない芯のある親へと成長できます。

私たちが育てているのは、将来たくましく生きられる「人間」です。目先の小さな目標に照準を合わせていては、子どもたちの可能性を摘み取ることになりかねません。将来を見据えて「あと伸びする保育」を日々心がけています。

ジオラマ動物園作り
ジオラマ動物園作り

――保育活動のなかで、地域のみなさんとの関わりはありますか?

原田園長:里山クラブのみなさんには、米作りで田んぼを貸していただいたり、お世話をしていただいているほか、無農薬のお野菜を玄関前に格安で置いていただいたりと日常的に交流があります。このほかにも、地域の方から幼稚園に自然たっぷりの裏山を貸していただいて、そこを畑にして子どもや保護者たちと一緒に耕しています。

また毎年12月には冬祭りを開いて、地域の方々にお店を出してもらったり、遊びに来ていただいています。この日は廃材でのものづくりや竹とんぼづくり、里山クラブによる野菜販売や長野県・松本市からかけつけてくださる昔話の会など、親子で楽しめる一日になっています。

イベントや交流のための会などを特に設けなくても、保護者はもちろん、地域の方々もいつでも来ていただけるオープンな環境にしていますので、日常的に足を運んでいただいています。

お米つくりにも挑戦
お米つくりにも挑戦

――保護者の方々はどのように保育に関わっていらっしゃるでしょうか?

原田園長:当番や係もありますが、その都度ボランティアでお母さんやお父さんたちに来てお手伝いしてもらっています。毎日の保育でも、いつでも園に来てくださいと伝えてあるので、よく保育を見学にいらっしゃいますよ。そのなかで保育の様子を見てもらい、何か心配なことがあれば先生たちに相談したりと、実に自然に先生たちとも交流しています。

また定期的に保護者の懇談会があり、保護者同士の交流も図れるようになっています。ちなみに懇談会時には父母会が主体となって在宅の弟や妹たちを預かってくれる会「うずらの会」もありますので、下のお子さんを気にせずゆっくりと話すことができます。お母さんたちのサークルもあり、和太鼓や合唱、手芸、ガーデニング、かまどを使ったお料理の会などが、それぞれ活発に交流しています。

園内の様子
園内の様子

「子どもの自己決定力」を促す自然のなかの遊び

――松が谷エリアの子育て環境の魅力や、おススメのお出かけスポットなどを教えてください

原田園長:とにかく自然がいっぱいで魅力があります。園の周囲は大きな公園に囲まれていて、遊ぶ場所に困りません。広い芝生がある「大塚公園」、大きな石のすべり台がある「乳母ヶ谷公園」、原っぱや雑木林や池などの楽しいこといっぱいの「東中野公園」、森の探検が面白い「大塚西公園」、多摩モノレールの向こう側には「大塚東公園」と「愛宕東公園」もあります。このほかにも水路横に散歩道や散策路など、四季を通じて親子で歩いてほしい場所ばかりです。自然の遊びのなかには、子どもの成長に欠かせない「自己決定」の場面がたくさんあります。何の花を摘もうか、どの木陰を進もうか、どのどんぐりを拾おうか、決めるのはすべて子ども。そして空を見て、風を感じて、水音を聞いて…お金で買えない最高の環境が松が谷にはあると思います。

おかげさまで「武蔵野幼稚園」も遊ぶところに事欠かないですし、夏は森から吹く風で涼しく過ごせて、冬は自然に育まれて暖かいという自然の恩恵をあますところなく受けています。

原田園長先生
原田園長先生

学校法人金子学園 武蔵野幼稚園
園長 原田小夜子 先生

住所:八王子市松が谷24
電話番号:0426-76-0772
http://www.k-musashino.ac.jp
※この情報は2018(平成30)年12月時点のものです。

「あと伸びする人間」を育てる/武蔵野幼稚園 園長 原田小夜子先生
所在地:東京都八王子市松が谷24
電話番号:042-676-0772
http://www.k-musashino.ac.jp/