「伝統は革新の連続」 13代の伝統技術を“現代”に生かす石山染交/株式会社石山染交 代表取締役社長 石山祐司さん
「伝統は革新の連続」
13代の伝統技術を“現代”に生かす石山染交
創業は江戸時代の元禄年間。1950(昭和25)年に墨田区横川1丁目に株式会社石山染交として設立した老舗の染工場・石山染交。歌舞伎・テレビ・舞台芸能衣装をはじめ、法衣・装束・半纏などの染色・刺繍加工を手掛け、1999(平成11)年には、伝統歌舞伎振興への貢献により、文化庁長官賞を受賞。2011(平成23)年には、伝統的なデザインと現代の技術を融合させる新しい試みにもチャレンジしている。「伝統は革新の連続」をモットーに新境地を開く、13代目代表取締役社長・石山祐司氏にお話を伺った。
創業は江戸時代にまで遡るということですが、会社の歴史について教えてください。
山形県は米沢市など紅花染めで知られる染物の産地でもあるのですが、初代は山形県竹の森(現在の南陽市)というところで染物屋を営んでおりました。呉服商・染物の大きな商いをしていたということですが、1955(昭和30)年、現在の場所に株式会社として設立しました。
染物屋というのはだいたい、工程ごとに分業制で仕事をするもので、京都などではそのシステムが定着しています。しかし私どもは東京という土地柄の中、ましてや染物屋とは何のつながりもない土地なので、職人が集まり、自社で一貫生産できるシステムを確立しています。
染色・刺繍加工ということですが、具体的にはどんなお仕事が多いのですか?
メインの仕事は、歌舞伎や古典舞踊の衣装の、染物・刺繍加工です。最も古くからやっているのは、お坊さんの着る法衣の染物ですね。それから雅楽や能、狂言の装束、そして今非常に多いのは、お祭りの半纏や浴衣です。 衣装を作るというのは、受注から納品までの時間が非常にタイトなため、他の工場さんに委託することが時間的にも難しいので、自社で一貫生産できるシステムは強みです。
また、そういうシステムをとることによって、今申し上げたものだけではなく、たとえばハンカチなど、いろいろな製品を作ることもできます。染物に関わる商品ならたいていのことはできますね。
古い時代の話なのでわからないですが、社名の“染交”は、いろんなものが混ざり合うという意味じゃないでしょうか。刺繍にしても、染めた糸を使うわけですから。私どもが使う刺繍糸はすべて、自分たちで好みの色に染めているんです。一つ一つのセクションは非常にこぢんまりしていますが、全国的に見ても、これだけの種類を自社でまかなっている工場さんはないかもしれません。
職人さんは、何人くらいいらっしゃるのですか?
今は17名の職人がいます。染物はいろいろな種類がありまして、たとえば友禅ひとつとっても、型で友禅をする場合と、手描きで友禅をする場合があります。また、「引き染め」や「煮染め」など、いろいろな種類の染物があって、それぞれ一人二役・三役というかたちで、全員が携わっています。だから一人の職人が二つ三つのクオリティの高い技術を持って進めているというのが現状です。
「すみだマイスター」という制度(※)がありまして、当社の職人が2年ほど前に2名、承認されています。また、当社の職人それぞれが、マイスターを取得できるレベルにあります。
※“優れた技術を持ち、すみだの産業を支える付加価値の高い製品をつくる技術者”を墨田区が認定する制度。
ひとつひとつ手仕事で、気の遠くなるような作業ですね。完成までどのくらい時間がかかるものですか?
こればっかりは一概にはいえないですね。ひと月かかるものもあれば、1週間でできるものもあります。手刺繍であるとか、加工の込んでいるものは、ひと月でできないものもありますし、これはもう職人さんの手間の日数なので、一概に期間というのはいえないです。衣装の場合は、間に合わなければ夜中も仕事をしますし、ものによっては、明日の舞台のものが「まだ今うちで染めてます」っていう場合もあります。
これまでに印象に残ったお仕事やエピソードなどありましたら教えて下さい。
そうですね。舞台衣装でいうと、やはり大きな舞台で、一流の役者さんが演じていただけるというのは、この目で見たときに、非常に晴れがましいというか、そんな気分はありますよね。
それから、毎年イタリアのベローナでオペラがあるのですが、2004(平成16)年に上演された『マダム・バタフライ』の衣装を作ったのです。ソリストたちは皆イタリア人なのですが、主役が着る衣装をすべて作らせていただきました。その中で、わざわざ古い衣装を持ってきて、「もっと汚す」という依頼がありました。やはりオペラはお芝居的なものですから、そういう注文は非常に印象的でしたね。
まだ使える衣装をわざと汚してしまうという。もちろん、染料を使って汚すんですが、ちょっともったいない気もしましたね。そのオペラの仕事については、担当したデザイナーさんが後に本にされておられました。非常に手もかかりましたが、世界中の人たちが生でその衣装を見てくださったのは、非常にうれしいことでしたね。
故石岡瑛子さんがオペラ『忠臣蔵』の美術を手掛けられたとき、先生は和装のものについてあまり詳しくなかったのですが、私どもが自社の古い資料をたくさん提供させていただいて、先生がそれをもとにデザインを起こされ、私どもが作り上げたということもありました。そのときには、先生には非常に喜んでいただきました。
2011(平成23)年に墨田区の地域ブランド「すみだモダン」に認証。オリジナル商品を手掛けるようになったそうですね。
墨田区には規模は小さいけれど、非常にクオリティの高い工場さんが多く集まっています。「すみだモダン」はこのエリアで、いろいろなものを作ることができるということをアピールしていこうという事業です。その中で、工場が作っているものをそのまま提供するのではなく、いろいろなデザイナーさんと工場がコラボレーションして新しい商品を作るという企画があったんですね。
私どもはそういうことはやったことがないものですから、非常に興味を持ちまして、お話を伺ったところ、デザイナーさんが私どもの資料をご覧になって、「これは面白いものが作れる!」と言って頂けたので、一緒にコラボレーションしたんです。そこでできたのが、江戸時代の鳶(火消し)の半纏をコートにした“匠美コート”と、古来の文様をデザインした“MONYOUハンカチーフ”です。
コートは昔から鳶の職人とか、お祭り関係の人たちが冬場に着ていた半纏なのですが、じつはそれほど暖かくなかったんです。しかし、非常にデザイン性の高いものなので、これを何とか見た目のかたちを変えることなく暖かいものにして、関係者以外の人たちにも着てもらえないだろうかということがテーマでした。そこで、特殊性能のある新しいインナー素材を苦労して探しまして、コートに仕立てたのです。それまでの半纏を着ていた方たちも、「こっちのほうが暖かくてぜんぜんいい」と、喜ばれていますし、男女を問わず、和のテイストを味わいたいという人に人気があります。
「伝統は革新の連続」をモットーにされておられますが、どのような“革新”を心がけておられますか?
コートのほかに、ハンカチも作りましたが、私どもはこれまでハンカチなど作ったこともありませんし、なおかつ、一般の商品を提案することもしてこなかったんです。これは、営業的な部分でも、もの作りにおいても、革新的な試みの一つでした。また、半纏はこれまで何十年も、今までのままでずっと流通していたた商品なんです。「そのうえに何かもう一工夫できないだろうか」ということもまた、革新的なものの考え方の一つではないかと思っています。
技術にしても、世の中はデジタル化していますから、我々がやってきたアナログ式なものではなくて、デジタル式でものが作れる。実際にインクジェットプリンターを使った製品にもチャレンジしています。しかし、インクジェットプリンターを使う場合、その前後にはどうしても、生地にアナログ式の処理が必要なんですね。その処理も、我々の一貫生産の工場の中ですべて設備が整っているので、革新的な試みにも挑戦できる。
コートやハンカチに限らず、これまでまったく塀の外の話であったアパレル関係にも挑戦していきたいと思っていますし、我々が携われることがあれば、チャレンジしていきたいと思っています。
同時に、これだけは守り、伝えていきたいと思われるものはありますか?
デジタル製品が珍重される現在ではありますが、アナログ製品の素晴らしさ、“手作りの良さ”ですね。たとえば同じ直線でも、デジタルの直線と手作りの直線はおのずと違ってくる。デジタルとは違って、手で引く線はちょっと曲がっていたりするんです。そんなアナログの味わいを伝えて行きたいですね。インクジェットプリンターでは出せない色もまだまだありますから。
線や色に限らず、できあがったものの全体像から、アナログ式だからこそ湧き出て来る良さというものを、忘れずに追求していきたいと思っています。
「東京スカイツリー」ができ、このあたりの雰囲気はどんなふうに変わりましたか?
一番分かりやすい変化としては、観光バスが増えたことが挙げられます。今は「東京スカイツリー」に立ち寄ってから、浅草を散策する方が多いと思いますので、観光バスの数が増えたのが目新しいですね。「東京スカイツリー」ができたおかげで、この界隈を歩いている方が増えたなと思います。「東京スカイツリー」だけが目的ではなく、この界隈を散策してみようかなという人が増えたように感じますね。
やはり街に人がいるのといないのとではぜんぜん違います。人がいれば街は活性化していくと思うんです。人の力というものは大きなもので、我々もの作りをしている人間でも、何が必要かというとやはり人の手が必要になるんです。
最後に、錦糸町界隈の魅力や好きなところについて聞かせてください。
親しみやすい雰囲気が残っている所でしょうか。一番はやはり、“お祭り”ですね。お祭りのときは、町会みんなで協力して盛り上げます。いわゆる“向こう三軒両隣り”的な風情はまだ残っております。新しくマンションなどに引っ越してこられる方も、お祭りをやっていれば町会等にも溶け込めると思いますので。ご近所のおつき合いがまだまだ残っているというのが、この界隈の良さではないでしょうか。
今回、話を聞いた人株式会社石山染交 代表取締役社長 石山祐司さん所在地:東京都墨田区横川1丁目12−11 〈MONYOUハンカチーフ〉は、東京スカイツリーの東京ソラマチ・産業観光プラザ すみだ まち処で販売しているほか、一部通販、Rin crossing、ポーラ美術館で店頭販売もしている。〈匠美コート〉は近々通販で販売予定。石山染交でバイオーダー制作もしている。 ※記事内容は2013(平成25)年8月時点の情報です。 |
「伝統は革新の連続」 13代の伝統技術を“現代”に生かす石山染交/株式会社石山染交 代表取締役社長 石山祐司さん
所在地:東京都墨田区横川1丁目12−11
電話番号:03-3625-8211
http://www.ishiyamasenko.co.jp/