青山学院の歴史と魅力とは

「渋谷」駅から宮益坂を上り、表参道駅とのほぼ中間地点にある「青山学院」。中でも「青山学院大学」は国内有数の人気私大として華やかなイメージを持たれているが、母体となる「青山学院」自体は、幼稚園から小・中・高等部、女子短大も持つ総合的学園で、明治の創始期からキリスト教信仰に基づいた、質実剛健を旨とする「実学」に重きを置いている。今回は大学の学長として2011(平成23)年から活躍されている仙波憲一先生を訪ね、学院の歴史と大学教育の特徴、地域の魅力などについて、お話を聞いた。

「青山学院」の歴史について教えてください。

学長・仙波憲一先生
学長・仙波憲一先生

青山学院のもともとの発祥は3つあり、麻布の「女子小学校」、築地の「耕教学舎」、横浜の「美會神学校」が最終的にここ、青山の地で集約したという形になっています。一番歴史がある1874(明治7年)年創立の「女子小学校」から数えると、昨年度は140周年ということで、学院全体を挙げて色々な式典や、イベントなども開催したところです。

青山学院の門
青山学院の門

創始者の方々が、それぞれの分野で女子教育をしていたわけですが、語学学校を中心にしながら、実学を重視した形へと衣替えをしていく中で、「耕教学舎」と「美會神学校」が統合されました。統合をきっかけに青山に移転し、「東京英和学校」という学校が生まれて、それが1894(明治27)年に「青山学院」になりました。

一方、「女子小学校」は「救世学校」、「海岸女学校」と名前を変えていって、そこから「東京英和女学校」が分かれて、その後また一緒になり、「青山女学院」になって、最終的に1927(昭和2)年に「青山学院」に統合されました。

1号館
1号館

そして「青山学院」の中に、戦後の学制改革によって新しく大学が創設されまして、それが「青山学院大学」というわけです。大学の開学は1949(昭和24)年です。今は幼稚園、初等部、中等部、高等部、女子短大、大学、大学院と、幅広く網羅している総合学院になっていまして、時代に貢献できる真の人間形成を目指して、日々、教育に向き合っているところです。

「女子教育」を中心として「幅広く学ぶ」ことを重視している
「女子教育」を中心として「幅広く学ぶ」ことを重視している

昔から変わらないポリシーなどがありましたらお聞かせください。

法人本部(ベリーホール)
法人本部(ベリーホール)

昔から変わらないものとしては、「女子教育」が中心であることと、もちろん、キリスト教の考えが全体的にあるという部分はありますが、ほかにも、「幅広く学ぶ」という意味での、欧米型の教養教育、私どもはそれを「英学」と言っていますが、そこも変わらない部分かと思います。

関東大震災や、戦時中の空襲でも大きな被害を受けたそうですね。

「時代に貢献できる真の人間形成を目指して、日々、教育に向き合う」
「時代に貢献できる真の人間形成を目指して、日々、教育に向き合う」

大きな被害を受けましたが、昔の建物も一部ではありますが残っています。1号館と2号館の壁などは元のままですし、位置も変わっていません。正面から入って左手に1号館、2号館があって、奥に間島記念館があって、ベリーホールがあって、という構図は昔から変わっていないです。むしろ、これはもう絶対に崩してはいけないというものなんですね。

間宮記念館と桜
間宮記念館と桜

「メソジスト」というプロテスタントの中のひとつの宗派の中から生まれたものでして、その宗派では、基本的に高い建物を建てない、教会も建てない、というのがあります。なので、本学では「礼拝堂」とは呼ばずに「講堂」と呼んでいたり、人が集まれる「スクエア」という場所があったりと、メソジスト独特の構図になっています。イチョウ並木の横にある広場、あれが「スクエア」にあたるわけですね。

生きる術、「メソッド」を考えていく「メソジスト」のポリシー
生きる術、「メソッド」を考えていく「メソジスト」のポリシー

イチョウ並木も学院のシンボルになっていますけれど、これはやっぱり、学校ですから、緑は絶対に無くしちゃいけないと思っています。学生が憩う場所が必要なんです。都会型のキャンパスだと、憩うところなんて無くてもいいだろう、という考え方の大学も多いようですけれど、私どもは、やっぱり正門から入ったこの雰囲気は、絶対に大事にしなきゃいけないものだと思っています。

「メソジスト」ならではの特徴が、学院の運営にも反映されているわけでしょうか?

震災や戦火を潜り抜けてきた青山学院
震災や戦火を潜り抜けてきた青山学院

この「メソジスト」っていうのは、「メソ」は「メソッド」が語源になっているくらいですから、本来は質実剛健というか、生きる術(すべ)、生き方を考えていく、ということなんですね。経済的なこと、人との付き合い方など、色々な術、「メソッド」を学ぶということが、このメソジストの根底にはあるんです。本学ももともとは、そういう流れなんですね。

学院のシンボルとなっているイチョウ並木
学院のシンボルとなっているイチョウ並木

ですから、うちは今でも「質実剛健」を旨としていまして、多分皆さん方の外から見ているイメージと、実際に中でやっていることは、少し違うと思います。有名な方も沢山出ていて、渋谷という土地柄や女子教育ということもあって、どうしても華やかなイメージで見られているけど、「質実剛健」として真面目に勉強していますよ。

雪の日の青山学院
雪の日の青山学院

渋谷の街の魅力について教えてください。

1号館
1号館

線路を挟んで向こう側は若者の街ですが、こっち側はちょっとアカデミックな、文化的な要素をもった街になっていると思います。いま、このエリアと渋谷の駅の間が再開発されていますけれど、この開発でもっともっと、文化的な要素を持った街にできれば、すごく良いんじゃないかと思いますね。我々も渋谷の開発とともに、何かを一緒にできれば良いな、ということは常に思っています。

イチョウ並木は学生の憩いとなっている
イチョウ並木は学生の憩いとなっている

今は本学の向かい側、2015(平成27)年3月に閉館した「子どもの城」が最終的にどうなるかということもありますし、国連大学ビルと、その裏の住宅展示場になっている部分、あの辺りが、大きな開発の目玉になっていくと思いますね。そこがどう変わるかによって、今までの渋谷のイメージも変わっていくんだと思います。

若者の街、高級感のある街、文教エリア、様々な特色のあるこのエリアは、都内でも特殊な地域だと思うんですね。だからこの辺りというのは面白いんだと思います。ですから、今もあるこういう流れを、東急さんがいい方向に流れを持って行って、ひとつの“川”を作ってくれたら、それはすごく面白いことですね。

「『質実剛健』を旨として真面目に勉強する」
「『質実剛健』を旨として真面目に勉強する」

私はこの再開発が、「渋谷」がさらに広がれるチャンスだと思っています。まだまだ時間はかかるかと思いますが、未来の渋谷が一体どうなっていくのか、楽しみですね。

青山学院の歴史と魅力とは
所在地:東京都渋谷区渋谷4-4-25 
http://www.aoyama.ac.jp/