創立から140年余り。「遵法自治」の精神のもと、のびやかに6年間を過ごせる中高一貫男子校「芝中学校・芝高等学校」
「東京タワー」の足元、「増上寺」の裏手にある小高い丘の上に建っている「芝中学校・芝高等学校」は、学校法人芝学園が運営する中高一貫の男子校だ。元々は浄土宗の学校として設立され、僧侶の師弟教育を主としていたが、今ではほとんどの生徒が大学に進学する、都内有数の進学校として知られている。建学以来「遵法自治」を伝統としており、自由と自主性が尊重された校風が特徴である。2017(平成29)年度から校長を務められている武藤道郎先生は、もともとは学園の生活指導担当を長く担当されており、学園OBの間では父親のように慕われている先生だ。そんな武藤校長先生に、学園の歴史と地域の魅力を交えてお話を伺った。
――芝学園の歴史についてお教えください
武藤校長先生:本校はもともと、「増上寺」の境内に作られた「岳蓮社(がくれんじゃ)」が母体となっており、5代将軍綱吉の時代に作られたと言われています。もともとは浄土宗のお寺のご子息を教育するための機関で、全国から人が集まってきた場所でした。浄土宗は京都の「知恩院」が総本山ですが、「増上寺」と鎌倉にある「光明寺」が大本山と言われていて、関東では大きなお寺となっています。
学校の歴史は、公式には140年と書いておりますが、これは1887(明治20)年に「浄土宗学東京支校」が置かれたためで、1906(明治39)年に芝中学校になりました。2019年の4月には120回生を迎えるという、長い歴史を持った学校です。
第1回生の卒業生でもある、第3代の校長である渡邊海旭(わたなべかいぎょく)先生は、初代校長の松波先生、2代目の荻原先生と一緒に「大正新脩大蔵経」(たいしょうしんしゅうだいぞうきょう)という書を編纂されたことで有名ですが、「ボランティア」の元になる「社会事業」という言葉を作った方でもあります。現在まで続く本校の伝統「遵法自治」という言葉も、海旭先生が作られました。
校風は「遵法自治」と、浄土宗の教えである「共生」(ともいき)を二つの柱にしています。「人間教育・芝」と言い換えることも多いのですが、子どもの「人間力」を育てていくことを重視しています。かの松下幸之助氏は「松下電器は人を作るところです。併せて電気器具も作っております」と言っていましたが、本校もそれと同じで、「人間教育のついでに、勉強もさせています」といったイメージでしょうか。
――自由でのびやかに学べる校風が人気だと聞きましたが、どのようにしてその校風と、高い学力水準を両立させているのでしょうか?
武藤校長先生:「遵法自治」が建学の精神なので、行事などについても、それを強く意識しています。学園祭と運動会は、生徒の自主性に任せて自分たちで企画も運営もさせていますし、日々の教育活動の中でも、子どもたちにいろいろな「体験」「経験」をさせることを大事にしています。そういった多彩な経験の中で、ものごとを「考えさせる」ということを、身につけてもらえればと思っています。
海旭先生はかつて、「諸君は日本人の中堅を担う人になるのであるから、心身ともに修行しなければならない」と、毎年判で押したようにおっしゃっていたそうです。これは今にも通じるところがあると思いますので、私も日々の話の中で、「自分で線をひかずに、はっちゃけになって、夢中になって、ひとつのことに取り組め」とか、「高みを目指して研鑽を積め」とか、今の子どもたちにも伝わりやすいように言い換えながら、折に触れて話すようにしています。
今の子どもたちには、「我慢ができない」とか、「自分のためには頑張れるけれども、人のためには頑張れない」という傾向も見受けられます。ですが、人のために頑張ることは恥ずかしいことではないし、人のために頑張れることは、これからの人生の中で非常に大事なことだと思うんです。これは「共生」に通じる部分でもあります。
――自主性の高い行事運営のほか、さまざまな校外学習の機会もあり、貴重な体験ができると聞きました
武藤校長先生:全員参加の行事に林間学校があるのですが、毎回趣向を変えて、できるだけ「子どもが予想もしなかったようなこと」を行うようにしています。本校では毎年、富士五湖の西湖に行っていますが、昨年は竹を組んでラップを巻いた“手作りカヌー”を作って、それで競争をさせました。その前年には、竹を使ってモンゴルのパオ(簡易的な住居)のようなものを作って、そこで、生活をするという体験をしました。これを見て、外国人の観光客などは「クレイジー」と言っていましたが、我々にとってはそれが最高の褒め言葉ですね。過去には琵琶湖を3日かけて自転車で1周したり、富士山に1泊2日で登山をしたり、ということも行いました。
経験というのは、それを「自分の糧とする」とよく言いますが、すぐに糧にできるかと言えば、そうではないんです。経験を積んでいった中で、ある時ふいに「あの時の経験が生きた」と思ったり、自分の頭の中で、経験をもとに発想をすることができたりと、後になってじわじわと活きてくるんです。だから即効性はなくても、この6年間に、「引き出しをいっぱい作ってあげる」ということが、私達の使命だと思っています。
――選抜者による海外研修の機会もあるそうですが、どのような内容でしょうか?
武藤校長先生:語学研修ではニュージランドとカナダの2カ国に行っています。とくにニュージーランドは次で22回目になりますから、長い歴史があります。先住民族であるマオリ族の「ハカ」という踊りを体験したり、ホームステイをしながら、現地のハイスクールで、一緒に授業を行うということもしています。
カナダは最近新しく設けた研修先で、シアトルから1時間くらい飛行機に乗った先の、ペンティクトンという街に行ってホームステイをします。現地の先生方がしっかりと指導をしてくれますので、ホームステイをしながら、いろいろな体験活動にも参加することができます。
もうひとつユニークなものが、ベトナム研修です。これは高1・高2の生徒が対象で、12月の年末に8泊で行っています。ホーチミンから2時間ほどかけて、川を船で渡ったり、泥だらけの中を歩いたりしながら、メコンデルタにある「カイベー村」という農村に行き民家に泊まるのですが、ホストファミリーの皆さんは、英語がほとんどしゃべれないので、子どもたちは身振り手振りでコミュニケーションを取るわけです。
トイレには紙も無いし、ニワトリが放し飼いになっているし、炊事はかまどだったりと、インフラも満足に整っていないところなのですが、そういうところで、子どもたちはホストファミリーや、学校の子どもたちと交流するわけです。アオダイショウに触ったり、泥だらけになって沼の掃除をしたり、ヤシの実を採ったり。日本ではできない体験もたくさんしてきます。ベトナムは親日国ですから、向こうの学校に行けば、アオザイを着た女子学生たちが一生懸命、英語で話しかけてきてくれます。ですが、それをちゃんと返せなくて、子どもたちは、ある意味ニュージーランドやカナダに行った時よりも、英語の大切さを痛感して帰ってくることもあります。
言葉は十分に通じなくても、一生懸命、身振り手振りと笑顔で接すると、しっかりと受け止めてくれるものなんです。最後の日にホストファミリーの皆さんから「私たちは君のベトナムのお父さんお母さんで、君は大切な息子だから、いつでも帰ってきていいんだよ」という言葉を掛けていただき、行くときは不安一杯で行く子どもたちも、帰って来る時には、まるで世界を背負ったような感じで帰ってきます。
――さまざまな経験を通して、子どもたちはどのように変わっていきますか?
武藤校長先生:経験をしても、その後「劇的に変わる」ということができないのも、子どもの魅力であり、いいところだと思っています。ただ、その経験が引き出しの中にひとつ入っているかいないかということは、「人間力」を考えたうえでは、大事な要素ではないかと思っています。
今はまだこの3つで精一杯ですけれども、将来的には外部の団体を利用するなどして、新しい取り組みも行っていけるような体制にしていきたいと思っています。
――6年間を一貫して見られることで、どのような利点があるのでしょうか?
武藤校長先生:中高一貫教育については、最近は公立校でも多く取り入れられてきていますが、私学ならではのいいところもあると思います。公立校は先生がすぐに変わってしまいますが、私学の場合、先生はほとんど変わることがないですから、一度関わったら「一生モノ」なんです。だからOBになっても訪問してくる生徒が多いですし、母校愛が強くなると思います。
本校では総合的な学習の中で、「OB訪問」や「OBの話を聞く会」といったこともしていますが、その時にも、「後輩たちの役に立つなら」ということで、たくさんの先輩方が協力してくれています。昨年も150人くらいのOBに協力してもらいました。そういった「OB力」があるのも私立ならではかと思います。
――学校周辺の街の魅力について教えてください
武藤校長先生:一番のメリットはやはり、交通の便がよいところです。そして、都心にありながらも緑が多いのも魅力です。メタセコイアの青葉などは非常に美しいですし、銀杏並木があったり、オランダ大使館や水道局の緑があったりと、環境としては非常に恵まれています。そういった場所ですから治安も非常にいいですし、街もオフィス街なので、週末などはすごく静かです。災害に関しても、本校は高台にありますから、心配が少ないロケーションだと思います。
――学校と街とのかかわりについて教えてください
武藤校長先生:吹奏楽部が港区の「区民まつり」で演奏したり、区の社会福祉協議会と連携して、生徒会のボランティアがお手伝いに行ったり、ということを行っています。近くの公園のまわりでは、本校のボランティアの生徒が清掃活動をしています。
学校としても、芝3丁目町会に入っていますので、町会の集まりに出ていますし、協力できるところはしながら、地域との共存を図っていきます。
――街の近年の変化について、どのようにお感じですか?
武藤校長先生:神谷町や御成門のあたりは、マンションや新しいビルもできて、だいぶ変わってきていますが、本校の周りは、「正則高等学校」や「光宝寺」、「幸稲荷神社」、「芝公園」、「水道局」、「オランダ大使館」があるため変化が少ないエリアなので、今後も落ち着いた雰囲気が残っていくのではないでしょうか。
――ここを巣立った子どもたちに、どのような大人になっていってほしいと思われますか?
武藤校長先生:本校の生徒は、やさしく真面目な子がすごく多いです。その反面、ちょっと打たれ弱かったり、心が折れちゃったりしやすい子もいるので、私たちがもうひとつ大事にしているのが、「折れない心」なんです。「勉強ができる」ことよりも、「折れない心をちゃんと育てる」ということを大事にしています。
これからは「人生100年時代」と言われていますから、今の子どもたちには、予想もつかない未来が待っているはずです。その時に、環境の変化や、時代の波に押しつぶされないためには、折れない心が必要だと思うんです。折れない心を持って、力強く歩んでいってもらえるように、先生が言った言葉や、友達が言った言葉など、いろいろな言葉を拾い集めて、自分の中で咀嚼して、強くなっていってほしい、と思っています。
※この情報は2019(平成31)年3月時点のものです。
今回、話を聞いた人
学校法人芝学園 芝中学校・高等学校
校長 武藤道郎 先生
創立から140年余り。「遵法自治」の精神のもと、のびやかに6年間を過ごせる中高一貫男子校「芝中学校・芝高等学校」
所在地:東京都港区芝公園3-5-37
電話番号:03-3431-2629
https://www.shiba.ac.jp/