地域との関わり合いを大切に、 「豊かな心」と「健やかな体」を育む
日本橋久松町にある「中央区立久松小学校」は、創立144年という歴史を持つ公立小学校。公立といえども、「ここに通いたい」と近隣へ居を移すファミリーも多いという、伝統ある学校である。伝統をより良く変化させ同時に守ってきた同校で、校長に就任して7年目の酒井寬昭先生に、その特徴ある教育への取り組みと信念についてたっぷりお話を伺った。
■創立144周年を迎えられましたが、これまでの歴史についてお聞かせ下さい。
伊予松山藩主の末裔・久松定謨(ひさまつさだこと)伯爵からの寄付によって、1873(明治6)年に児童数70余名で設立された本校は、関東大震災・第二次世界大戦と2度の全焼を経験し、決して平たんではない140年の歴史を歩んできました。関東大震災後は、翌年に仮校舎ができるまで、地域住民のバラック住宅を一棟借り受けて授業をするなど、当時から地元住民の方々との交流が盛んで、地域に支えられていたようです。
また、良い意味で「伝統」を大切にしている学校です。例えば卒業式ひとつを取っても、1955(昭和30)年代から卒業生全員が平等に一言ずつ卒業の言葉を発し、全員で呼びかけをする形式が主流ですが、本校では「送辞」「答辞」は各代表がする一昔前のスタイルを通しています。代表が一人ずつ、クラスメイトや先生たちと相談して本当に感じたことを言葉に紡ぎ、贈り合う。形式上の平等よりも、より心のこもったシンプルな卒業式で、私はとても好感を持っています。昔ながらのこの形を残せたのは、久松小ならではではないでしょうか。
■久松小学校の教育目標について教えてください。
2つある重点教育目標のなかのひとつ「豊かな心と健やかな体の育成」は非常に重要な目標だと考えています。今の子どもたちは、放課後は塾や習い事で忙しく、体力も低下しがちなうえ、友だちと遊んで、喧嘩して、仲直りするという人との関わりを持ちにくいのが現状です。自転車や水泳など適切な時期に習得すれば、非常に短い時間で身に付く「適時性」という言葉がありますが、人との関わり方の訓練も、小学生時代が一番適しています。
そのため、放課後の体力づくりという目的で始めた「ロング放課後遊び」は、朝から少しずつ時間を詰めることで放課後1時間、塾や習い事に行く前に学校で遊ぶ時間を捻出するようにしました。年間40回程度ですが、思いっきりカラダを動かして体力をつけ、心を解放して友だちとのびのびと遊ぶ時間をたっぷり堪能してほしいですね。余談ですが、本校では、なるべく休み時間を潰さない努力もしています。休み時間にしっかり頭を休めることで、前向きに授業に臨むことができる、このメリハリこそが子どもには大切です。
■少人数活動の具体例としては、どのような例がありますか?
たとえば、体育の授業などでは、自分が、どこができていないかを友達に見てもらう、ということを取り入れています。自分ではできているつもりだけれど、「手がこうなっているよ」「足がこうなっているよ」と言葉をかけてくれるだけで、次は意識して取り組むことができませう。
また、本校ではICTも採用しているので、動画を撮って、それをタブレットで見て検証する、といったことも取り組んでいます。そうすると、指摘された子ども本人も、動画を実際に見て、「ああ本当だ」と納得をして、もう1回挑戦してみることができます。そして、友達に「さっきより良くなったね」って言ってもられば、自分も嬉しいし、教えた側も、自分のアドバイスで上達して嬉しいですよね。
これは体育の授業に関わらず、色々な教科や場面でも同様のことが言えます。大人数だと言えないことも、少人数だったら言いやすく、反映も早いですよね。この取り組みを始めて、長くなりますが、かなり効果のある取り組みだと思います。
■子どもたちの学力水準が全国平均より高いですね。その秘訣は何でしょうか?
一番は、ご家庭の意識によるところが大きいと思っています。塾に通う子どもや、受験をする子どもの割合が大きいといった、そのような面があるでしょう。
学力の秘訣として、本校では、「学習規律」を徹底しています。「規律」と言うと硬い言葉ですが、要は、学習をするための色々な「約束事」を示しています。チャイムが鳴ったら着席する、授業の初めには挨拶をする。こういったことを、学年を問わず徹底して行っています。学習規律がきちんとできていないと、注意するところから授業が始まるので、時間も無駄になってしまいます。このような部分にもやはり、「相手のことを考える」ということが根底に流れています。「人のため、自分のためにも、学習の規律はしっかり身につけましょう」と日頃から子どもたちに伝えています。
また、先ほどお話したように、「人と関わっていく力」というものを、学力とは別に、とても大切なことだと私は思っています。本校では敢えて「学力」ではなく、「豊かな心」と「健やかな身体」ということを命題にしています。言い換えれば、「生きる力」を身に着けるということが、今の社会では大切なことなのではないでしょうか。
■「コミュニケーション能力の育成」を重視して、「異年齢活動」などの取り組みも積極的に行っているそうですが、どのような内容の活動があるのでしょうか?
異年齢活動ということでは、主に「ふれあいタイム」という時間を、月に1回程度設けています。1年生から6年生までの縦割りグループを作り、遊んだりゲームをしたり、という活動です。
そうすると、高学年は低学年のお手本になろうと、いろいろ考えて行動するようになり、低学年は高学年に対して憧れの気持ちを抱くようになるので、双方に良い影響が出てきていることを感じています。親御さんからは「子どもが『ふれあいタイム』をすごく楽しみにしている」という声も聞こえてきますね。
ほかにも、本校では「登校班」というものがあり、同じ地域の子どもたちが学年関係なく、一緒に登校しています。この活動は以前から長く取り組んでいるので、日常的な異年齢活動と言えるかもしれません。1年生の水泳指導の際に、6年生にお手伝いに入ってもらうということも、昔から取り組んでいることですね。このような活動もあり、本校の子ども達は、学年を超えてとても仲が良いですね。休み時間も、自然と高学年の子が低学年の子と遊んでいる場面が見られます。
このような交流は、特に高学年の子どもたちにとって良い影響があると思っています。自分よりも弱い者に対する思いやりの気持ちを抱き、行動する機会を持つというのは、少子化のいまの時代にはとても貴重な経験になっていると思います。こういった活動や、先ほどの学習の中での少人数活動を通して、子どもたちはとても「まるくなった」ということも感じますね。ほかの人を思いやるという気持ちが、そう感じさせているのでしょう。
■「久松しぐさ」という、久松小学校ならではのユニークな取り組みがありますね。
江戸しぐさというのは、様々な土地から人が集まっていた江戸の町で、お互い気持ちよく暮らせるようにと、ちょっとした気遣いをしぐさにしたものです。傘ですれ違う時に、お互い少しずつ傘を傾けることで濡れないようにしたり、後から座る人のために、こぶし一つ分腰を浮かせて席を空けるなど、何気ないけれども、どこかホッとするような行いです。
それをあえて「久松しぐさ」と名付け、道徳の授業や児童会活動内で考える機会を設けたり、高学年が低学年に紹介したりしています。今の時代だからこそ必要な「思いやり」「他者への心遣い」、また「心を動作に表すことの価値」を学んでほしいと考えています。お江戸日本橋にある学校ですから、粋な久松しぐさを習得して広めてくれたら嬉しいですね。
■保育園、幼稚園、近隣小学校との連携も密ということですが、どのような連携をされているのでしょうか
最近は特に、保・幼・小の連携については力を入れています。
幼稚園については小学校と同じ敷地にあるので、本校との交流機会も多く、教育課程も一貫した部分があり、今までもスムーズに連携が取れていたかと思います。一方で、最近は周辺に保育所や保育園も増え、そこから小学校に入学する子どもたちも増えてきています。その中で、いろいろと課題も感じていました。
その一つとして、環境の違うところから、一度に沢山の子ども達が来た時に、受け入れる側が対応しきれなくなって生じる「小1プロブレム」という課題があります。これを防ぐためには、学校側がそれぞれの幼稚園、保育所で子どもたちがどのような生活を送っているのか、どのような教育を受けてきているのか、ということを知ることが、とても大切です。
もちろん反対に、幼稚園や保育園側についても、「こういう力はちゃんと付けておかなければ、小学校で苦労してしまう」ということを知っていただく必要はあると思います。
具体的な対策として、本校側からは教員が、夏休みに、保育所の見学に行くという試みを始めています。
するとそこで、想像していたのとはまったく違う環境で、子どもたちが生活をしていることを知るわけです。逆に保育所の方々に対しては、土日など、体育館が開いている日については、自由に使用してほしいと開放日を設けています。実際にもなりの頻度で使っていただいています。
こういった取り組みを通して、学校という場所に子どもたちや保護者が来る機会が生まれるので、学校の様子もよく分かってもらえますし、保育所の先生方と小学校の先生方が打ち合わせをする中で相互理解も生まれます。一つ一つは小さなことですが、その積み重ねによって、保育所や幼稚園と、小学校との信頼関係が強くなっていけばと考えています。
■地域の方々と一緒になって取り組んでいることや、地域との関わりについて教えてください。
授業の中での地域との関わりでは、3、4年生が社会科で「まち探検」という形で、地域に出て、いろいろと調べて回っています。どこにどんなお店があり、施設があり、といった点を調べています。このような取り組みも、地域の方にご協力をいただかないと、成り立たないものだと思っています。4年生になるとより深く、地域の文化・伝統・産業などを知るために、いくつかのお店に取材をして、それをまとめて、発表をして、みんなで共有したり、ということにも取り組んでいます。この辺りは呉服の町なので、調べてみるとけっこう面白いんですよ。
逆に、「子どもたちが地域の行事に参加する」ということでは、久松町の町会のお祭りもありますし、もっと規模の大きなものでは、区の「大江戸まつり」という、スポーツセンターと「浜町公園」で行っているお祭りにも、沢山の子どもたちが参加しています。また、区で行っている「わんぱく相撲」や「新年こども羽根つき大会」にも、本校の子は非常に沢山参加しています。特に羽根つき大会は面白いですよ。スポーツセンターが満員になるくらいの人が集まりますし、当日はNHKでも中継されているほどです。
珍しいものだと、地域のことを「かるた」にした「日本橋かるた」の大会などもあり、この大会にも地域の子どもたちが沢山参加しています。2016(平成28)年はちょうど本校が開催校になっていて、3月に大会が開催される予定です。これはもちろん「昔の遊びに触れる」という意味合いもありますが、やはり地元に関係のあることを取り上げているかるたなので、自分たちが住んでいる地域について知るこということについても、非常に良い機会にもなっています。
■オリンピック、パラリンピック教育にも力を入れていらっしゃるそうですが、どのような思いがあるのでしょうか?
開催が決まった2015(平成27)年あたりからオリンピック、パラリンピック教育には非常に力を入れています。本校は以前から「オリンピック・パラリンピック研究推進研究開発校」の指定を受けている学校でもあり、中央区では本校のみなので、他の学校にとっても参考になるような実践をしてきているという自負はあります。
本校の教育目標である「豊かな心、健やかな身体」と、オリンピック精神というのはつながる部分も沢山あると思っています。オリンピック、パラリンピックは「スポーツの祭典」であるのと同時に、「平和の祭典」です。平和のおおもとは何かと言えば、まさに、「相手のことを考える」ことに繋がります。自分を知って相手を知る、そしてどのようにうまく付き合っていくかを考える。これが平和につながるんです。
当然、オリンピック教育は国際教育にも繋がりますし、パラリンピックについては障害者理解、福祉教育、人権尊重教育にもつながります。オリンピック、パラリンピックの開催をきっかけに、何が大事なのかということをもう一度整理している段階で、子どもたちがいろんな形で興味をもち、関わってくれるように、そしてオリンピックが終わった後もその精神、成果が繋がっていくように、試行錯誤しています。
■最後に、この地域の魅力を教えてください。
この辺りは問屋さんが多く集まるまさに下町です。卒業生のOB・OGの方々も、本当によく本校に足を運んで下さり、子どもたちの様子を気にかけてくれます。つまり、昔ながらの「地域で子育てをする」という気持ちが、まだ残っている貴重な地域なんですね。子どもたちが老人福祉施設でお年寄りと交流を持つ活動にも力を入れていますし、世代を問わず人間同士の関わり合いができる町だと思っています。
今回お話を聞いた人
中央区立久松小学校長・久松幼稚園園長
酒井寬昭 先生
※2015(平成27)年12月実施の取材にもとづいた内容です。 記載している情報については、今後変わる場合がございます。
地域との関わり合いを大切に、 「豊かな心」と「健やかな体」を育む
所在地:東京都中央区日本橋久松町7-2
電話番号:03-3661-6016
https://www.chuo-tky.ed.jp/~hisamatu-es/..