オクトーブル

三軒茶屋の中心街から茶沢通りを下北沢方面へ徒歩約10分。「世田谷区立太子堂中学校」の西隣の住宅街に佇む「オクトーブル」は、都心の一等地にある店にも引けを取らない、本格派フランス菓子を提供しているパティスリー。まさに「隠れ家」という言葉がふさわしい雰囲気の店である。

住宅街に佇む「オクトーブル」

店主の神田智興(ともおき)さんは地元、三軒茶屋の出身。実家が営んでいた鉄工所の跡地を使ってこの店を作ったという。広告もせず、ホームページも持たず、ひたむきに真面目に作った菓子を店頭に並べ、それを求めるリピーター客によって支えられている、職人気質の店である。

つねに謙虚に、黙々と手を動かす神田シェフ。しかしその経歴はなかなかに凄い。社会人生活はまず、建築関係の企業から入ったというシェフ。少年時代から「モノづくり」が好きで、設計図を描き、建築現場に赴き、職人さんと話をする機会も多かった日々の中で、「自分も何かを作る職人になりたい」という気持ちが高まっていったという。そして、「その頃にたまたま求人広告を出していた」という理由で、日本におけるフランス菓子の最重鎮「ルコント」に飛び込んだ。洋菓子業界のレジェンド、アンドレ・ルコント氏の店である。
神田さんにとって、まったく未経験だった洋菓子業界。最初は皿洗いや厨房機器の整頓などの雑務から始め、先輩達の仕事を見てその技術を覚えていった。数年働いて、次に入ったのは下高井戸の「ノリエット」。次は成城「マルメゾン」。いずれも大御所だ。さらにその次には、フランスに渡り「ローラン・デュシェーヌ」、「ジェラール・ミュロ」、「ピエールエルメ」とパリの名店3軒を渡り歩き、腕に磨きをかけた。帰国後はスイスのプレミアムチョコレート「リンツ」を扱う日本法人でシェフを務め、その後、ここに自身の店舗を構えた。日本の名店、本国フランスの名店、チョコレートの名門と、非常に幅広い知識と実務経験を経て店を持ったシェフなのである。

店主の神田智興(ともおき)さん

しかし、シェフが開いたのは思いのほかフレンドリーな店だった。その目はいつでもお客さんに向いており、店頭には本格的なフランス菓子と、いわゆる「街のケーキ屋さん」のお菓子がおよそ半々。サントノーレ、オペラ、エクレア、ピエドショコラなどオシャレなプティ・ガトーもあれば、ショートケーキ、モンブラン、チーズケーキといった身近なケーキもある。「お客様あってのお店ですから、地元の、三軒茶屋のお客さんが求めるものを提供していきたい」と笑うシェフ。しかしシンプルな品々にも、シェフが世界で磨いた腕前は生かされており、美味しさには定評がある。

店内には生菓子、焼き菓子のほか、パンのコーナーも設けられている。「気軽に寄ってもらいたいので、常連さんのために置いています」という“脇役”だが、実はこのパンの中でも「クリームパン」は非常に人気が高く、連日早々に売り切れてしまうほど。あるテレビ番組の評価で「日本一」となったこともある品だが、シェフはこれについても、「特に変わったことをしているわけではないんです。パティシエとして当たり前のこだわりを持って、クレーム・パティシエール(カスタードクリーム)を作っていて、それがたまたま評価をいただいただけ」と謙虚だ。

店内のショーケースには本格的なフランス菓子と定番のケーキが並ぶ

パンのコーナーも充実している

芸術的な焼き菓子も

フランスのパン「ボストック」

そんなシェフに、「一番食べてもらいたいケーキ」を尋ねると、「オペラですかね」という答えが返ってきた。高級チョコレートの専門商社にいただけに、チョコレートを見る目は確かだ。チョコレートの層とコーヒースポンジの層を丁寧に重ねて作るオペラを、縦にフォークで割って口に含むと、じんわりと美味しさが広がる。それは何が美味しいというわけではなく、オーケストラの演奏を聞いた時に感じるような、抽象的で総体的な美味しさだ。これがフランス文化の真骨頂、「マリアージュ」なのだろう。

このほか、シェフはチョコレートを使った菓子を得意分野にしており、オリジナルのレシピで作った「グランパレ」もお薦めの一品という。これは味も香りも融点も異なるチョコレートを複雑に組み合わせて作っているため、管理する温度帯によって違う食感が楽しめるという品で、店のスタッフや常連客にもファンが多いのだという。

シェフ一押しの「オペラ」

「グランパレ」もおすすめの一つ

焼き菓子からは「ブールドネージュ・サレ」という、変わり種をお薦めしてくれた。これはいわゆる「スノーボール」をワインとのマリアージュ向けにアレンジしたもので、塩味がかなり強く効いている。チーズのコク、ベリーの酸味と香りと一体になって、ワインの美味しさをよりいっそう引き立ててくれる。このようにワインやお酒に合わせた菓子があるのも、「オクトーブル」のユニークな点だ。

ワインとの相性の良い「ブールドネージュ・サレ」

フランス菓子を徹底的に学び、そのうえで、日本人の味覚とニーズに合った洋菓子を幅広く、親しみやすい形で提供している「オクトーブル」。その絶妙なさじ加減は、神田シェフ以外の誰にも真似ができないものだ。それゆえに、コアなスイーツファンが訪れても十分に満足感があるだろうし、地元に何十年と暮らしている年配客やファミリー層も常用しやすい。的確なバランス感覚で地域のニーズを掴む。「三軒茶屋」駅からは少し離れているが、わざわざ訪れてほしい名店である。

オクトーブル
所在地:東京都世田谷区太子堂3-23-9 
電話番号:03-3421-7979





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