徳川家康公が祈願所とした神社

「土地・樹木・伝統・人とのつながり」を守っていく/浜松八幡宮 宮司 桑島佳令さん

「浜松」駅からのアクセスが便利な「浜松八幡宮」。千年以上の歴史を重ねる神社は、街中にありながら深い緑に包まれる鎮守の森。神社を守る宮司である桑島佳令さんに、浜松八幡宮や八幡町の魅力についてお話を伺った。

現在地へ神社が遷座。神に選ばれし八幡の地

浜松八幡宮への熱い思いを語る、宮司の桑島佳令さん
浜松八幡宮への熱い思いを語る、宮司の桑島佳令さん

――浜松八幡宮の歴史について教えてください。

桑島宮司:

浜松八幡宮の前身は、現在の浜松市南区小沢渡町付近にお祀りされていた許部神社(こべのかむやしろ)です。この神社の歴史は古く、仁徳天皇の御代(4世紀頃)にお祀りが始められたと伝わります。神様の御神託により、938(天慶元)年に八幡町へ遷座。遷座とは神社が引っ越しし、神様が御移動されることです。そのときの伝承によると「白い狐が翁の姿となって、松の小木を携え、この地に導き松を植えた」とあり、この松が愈々繁茂したことから、「浜の松」即ち浜松の地名の起源となったと言われています。

御神託によって八幡町の地に遷座したことに対し歴史学者が様々な説を立てています。私はこの地が神聖で素晴らしい場所であった為に神様に選ばれた所と考えています。 個人的な思いとして、八幡宮の鎮座する地である八幡町は「神様に選ばれた土地」という意識を強く持っています。

大きく枝を広げるご神木「雲立(くもたち)の楠」
大きく枝を広げるご神木「雲立(くもたち)の楠」

――天然記念物「雲立(くもたち)の楠」はいつ頃から存在していたのでしょうか。

桑島宮司: 県の天然記念物に指定されている「雲立の楠」の樹齢は千年以上。幹周りは13m、高さは15m弱あり、女性初の樹木医である塚本こなみさんご指導のもと維持管理をしております。千年以上ですから八幡宮が現在地に遷座する前からこの地に根付いていたと考えられます。1051(永承6)年、源義家(八幡太郎義家)が陸奥へ下向の折、この楠の下に旗を立てて八幡二柱の神を勧請し、戦勝を祈願しました。これによりこの楠を「御旗の楠」と称するようになりました。やがて、この楠は武運を願う象徴的なご神木として徐々に崇められてきたと思います。

「武運の神様」は戦国時代から今も崇められる

1930(昭和5)年に竣工し、今に残る木造の社殿
1930(昭和5)年に竣工し、今に残る木造の社殿

―徳川家康公ゆかりの神社と言われますが、浜松八幡宮とどのような関係があるのでしょうか?

桑島宮司: 古くは、都や城を守る為、それらの鬼門や裏鬼門の方角に社寺を建立しました。今では科学が進み、迷信や思い込みと言われがちですが、私は先人の知識や知恵は経験に裏打ちされた素晴らしいものがあると感じています。

八幡宮は「浜松城」から見るとちょうど鬼門の方向にあたります。「浜松城」を居城とした徳川家康公が鬼門を守る当宮を尊び、度々参拝したと伝えられていることから、浜松八幡宮が城の鬼門を守る神社と認識されていたと考えられます。徳川家康公が天下を治める前に在城した17年間はもとより、後々においてもこの地を守る神社として大事にされていたと想像できます。

三方ヶ原の戦いで、楠の洞穴に隠れた家康公のお話

中心に穴のあいたご神木「雲立(くもたち)の楠」
中心に穴のあいたご神木「雲立(くもたち)の楠」

――「雲立(くもたち)の楠」の伝説について、教えてください。

桑島宮司: 戦国時代、1572(元亀3)年三方ヶ原の戦いで敗走した徳川家康公は八幡宮に逃れ、社前の楠の洞穴に潜み、神様のご加護によって武田勢の捜索を逃れました。その時、この楠より吉兆の瑞雲が立ち上ったことから「雲立の楠」(くもたちのくす)と呼ばれるようになりました。

その後、家康公は八幡宮を徳川家代々の祈願所と定め、旗・弓・神馬を奉納。家康公が江戸に府在の折は、名代を遣わして参拝したといわれます。浜松八幡宮の境内には、徳川家康公をお祀りする「摂社 東照宮」があります。この神社は家康公百回忌の前年1714(正徳4)年に徳川家とゆかりの深いこの地へ勧請しお祀りされました。

浜松八幡宮境内には、徳川家康公を祀る東照宮も奉斎
浜松八幡宮境内には、徳川家康公を祀る東照宮も奉斎

徳川家康公の命により、今に継ぐ「放生会」

大祭で行われる渡御の様子(浜松八幡宮提供)
大祭で行われる渡御の様子(浜松八幡宮提供)

――浜松八幡宮の代表的な神事は、どのようなものがありますか?

桑島宮司: 毎年8月14・15日に行われる例大祭。その中で「放生会(ほうじょうえ)」という神事が行われます。「放生会(ほうじょうえ)」とは、「鳥」や「魚」などを野に放ち、生命を慈しみ、功徳を積むという意味合いを持つ儀式です。戦国時代に身を置き、戦に散った御霊を慰めたいという徳川家康公の願いによって始められた行事です。

子ども達が行う「浦安の舞」(浜松八幡宮提供)
子ども達が行う「浦安の舞」(浜松八幡宮提供)

約400年もの間、現在に受け継がれる神事は50年ほど前まで大変な賑わいをみせていました。氏子町内を御神輿が渡御。馬込川に浮かべた和船に御神輿を下ろし、船上で鳥や魚を放っていました。今では交通事情により規模を縮小、午前中に浜松八幡宮の周囲を御神輿が渡御し、境内東照宮脇の水路で鳥・魚を放つ儀式を行っています。午後の例祭は「居祭」と呼ばれる大祭です。

14日宵宮の夕祭・15日の居祭では氏子町の子供たちが「浦安の舞」を奉納します。これらの祭儀が受け継がれ、氏子崇敬者のご協力によって行われることは素晴らしいことだと思っています。

和婚といえば、幸せの連鎖をもたらす浜松八幡宮

婚礼の場ともなる八幡宮の境内。奥が社殿(浜松八幡宮提供)
婚礼の場ともなる八幡宮の境内。奥が社殿(浜松八幡宮提供)

――浜松八幡宮での神前式がとても人気ですが、婚礼にも力を入れているのでしょうか?

桑島宮司: 浜松八幡宮では昔から、結婚式も盛んに行われてきました。二代・三代にわたり、ここで婚礼をされたというご家族も多くいらっしゃいます。近年では、浜松八幡宮で神前式を行い、敷地内の会場で披露宴を行う方も多数です。八幡宮は神聖な場所であるという意識を強く持っておりますが、結婚式を行うことによって、神社のイメージを、さらに開かれた明るい場所にしていけたらと思っています。結婚式をきっかけに、参列者にもこの歴史ある神社の存在を知っていただくこと。後々の新郎新婦における、安産祈願やお宮参り、七五三など様々な形で立ち寄っていただき、幸せの連鎖がおこる場所でありたいとも考えています。

いつまでも人々のよりどころでありますように

浜松八幡宮の鳥居をくぐれば、都会の喧騒から一瞬で静寂に包まれる
浜松八幡宮の鳥居をくぐれば、都会の喧騒から一瞬で静寂に包まれる

――古来はもとより、現在における浜松八幡宮の存在意義はどのようなものでしょうか?

桑島宮司: 今後は時代に合う形で神社も変化を遂げていかなければならないのだと感じています。しかし私は、「変わりながら、変わらない浜松八幡宮」という姿勢を大切にしたいと考えています。時代ごとに変えることが許されるもの、歴史に照らし、変えてはいけないものがあります。由緒正しき神社は時代に合わせようとするばかりでなく、本質を守らなければならない使命もあります。浜松八幡宮が地域や氏子崇敬者にとって大事な存在であり続けたいと願っています。

古きと新しきが融合する八幡町は開けたエリア

ご神木である雲立の楠の実がおさめられている「くすのき守り」
ご神木である雲立の楠の実がおさめられている「くすのき守り」

――八幡エリアが持つ、土地の魅力を感じることはありますか?

桑島宮司: 浜松八幡宮は「雲立の楠」が象徴的ではありますが、さまざまな樹木がこの神社の中で育まれています。これだけの樹木が繁茂している場所は、浜松市の中心部においてはとても少なく貴重です。これほどの樹木を養うことが出来る土地のパワーは素晴らしいといえるでしょう。この「土地・森・伝統・人とのつながり」の全てを大切にしながら、神社を後世に守り伝えることが、宮司としての責務であると考えています。

絵馬が物語る、地域に親しまれる祈願スポット
絵馬が物語る、地域に親しまれる祈願スポット

――浜松八幡宮をシンボル的スポットとしながら、このエリアをどう捉えていますか?

桑島宮司: 古式ゆかしいお話ばかりをすると、古いしきたりが残っており、住みづらいのではといった印象も与えてしまうかもしれません。しかし、八幡町はとても開けた町であると私は思っています。

遠州鉄道「八幡」駅から「浜松」駅へのアクセスも便利です。そして、この地域在住の方々の人柄もとても親しみやすく、「浜松」駅から近いとはいえども、下町のような粋な風情も残っています。さらに、浜松中心部でありながら浜松八幡宮が持つ広い境内の緑も豊か。古い文化は、良い形で残っています。街中に近く、人情にあふれた住みやすい街。浜松八幡宮にお仕えする者として、胸を張って言えることです。

桑島佳令さん
桑島佳令さん

浜松八幡宮

宮司 桑島佳令さん
所在地 :静岡県浜松市中区八幡町2番地
TEL :053-461-3429
URL:http://www.hamamatsuhachimangu.org/
※この情報は2016(平成28)年5月時点のものです。

「土地・樹木・伝統・人とのつながり」を守っていく/浜松八幡宮 宮司 桑島佳令さん
所在地:静岡県浜松市中区八幡町2 
電話番号:053-461-3429
ご祈祷時間:9:00~16:00 ※要予約
http://www.hamamatsuhachimangu.org/