スペシャルインタビュー

市民が作る“大人の文化祭/KAWASAKIしんゆり映画祭 事務局 大多喜ゆかりさん


今や上麻生エリアを代表するイベントとして定着した、「KAWASAKIしんゆり映画祭」。旬の日本映画や海外の佳作の上映、監督・俳優などによるゲストトークやミニコンサート、中学生による映画制作ワークショップ作品上映会など、幅広い年代が楽しめる仕掛けを盛り込み、毎回新たなファンを獲得してきた。22回目を迎える2016(平成28)年は、11月5・6日、8~13日の8日間、川崎市アートセンターで開催される。今回は、市民主体のイベントとして進化を遂げる映画祭の歴史や魅力について、KAWASAKIしんゆり映画祭事務局の大多喜ゆかりさんにお話を伺った。

「芸術のまち構想」に端を発した市民映画祭

映画祭、上映会の様子
映画祭、上映会の様子

―「KAWASAKIしんゆり映画祭」が始まった経緯やこれまでの歩みを教えてください。

大多喜さん:1995(平成7)年に川崎市の「芸術のまち構想」の一環としてスタートし、今年で22回目を迎えます。今村昌平監督(※)が創立した「日本映画学校(現・日本映画大学)」(1986(昭和61)年)、「昭和音楽芸術学院」(1989(平成元)年)が新百合ヶ丘に移転してきた当時、駅周辺にはまだ空地が多くて何もない状況でした。両校が移ってきたことから、川崎市が文化・芸術で街づくりをしようと映画祭の開催を今村監督に打診し、監督の弟子でしんゆり映画祭の初代代表である武重邦夫が学生を巻き込んで、「新百合21ホール」で上映会を行ったのが1回目だったと聞いています。翌年は市民ボランティアを募集したところ予想を上回る反響があり、それ以降、市民の意欲を実現させていく形で、「市民(みんな)がつくる映画のお祭り」をコンセプトとする映画祭となりました。
1997(平成9)年から南口にオープンした「ワーナー・マイカル・シネマズ(現・イオンシネマ)」、2007(平成19)年からは北口にできた「川崎市アートセンター」でも上映するようになり、昨年からはセンターのみで開催しています。開催期間は、当初は3日間で6本のみの上映だったのが、近年では8~9日間で約20本を上映。来場者数は2,000人前後で、昨年は約2,500人が来場しました。

(※日本の映画監督。「楢山節考」「うなぎ」「豚と軍艦」「神々の深き欲望」などの名作を生みだし、カンヌ映画祭で最高賞を二度受賞している。)

「川崎市アートセンター」には毎年たくさんの来場客が訪れる
「川崎市アートセンター」には毎年たくさんの来場客が訪れる

―上映作品の特色はありますか?

大多喜さん:2016(平成28)年から新しい試みとして、スタッフの誰でも企画を立てられるようにし、プレゼン大会をして投票で選ばれた作品が上映されます。
もともと、「日本を含むアジア映画を元気にしたい」という今村監督の想いから、邦画中心のラインナップで始まったこともあり、邦画や周辺のアジア・中東の作品が多いのが特色です。「川崎市アートセンター」では年間を通して洋画の上映が多く、もっと邦画を見たいという市民の要望にも応えています。

ボランティアが手作りした掲示物。自分たちが推薦した作品だけに、熱がこもる
ボランティアが手作りした掲示物。自分たちが推薦した作品だけに、熱がこもる

―主催する「NPO法人KAWASAKIアーツ」のメンバーや活動について教えてください。

大多喜さん:当団体は、理事長で劇作家の藤田朝也を筆頭に理事など10数名で構成され、役員には日活のスクリプターだった白鳥あかねをはじめ、昭和音楽大学や日本映画大学の教授、映画や劇団の関係者などがおります。事業内容は、「KAWASAKIしんゆり映画祭」の運営、バリアフリーシアター制作事業、川崎市アートセンター・アルテリオ小劇場を本拠地とする劇団の企画制作など。バリアフリーシアター制作事業は、映画祭の柱であるバリアフリーシアターで培ったノウハウを活かした事業で、川崎アートセンターの年間上映作品のうち数本に音声ガイドをつけています。

イベントへの思いを話してくださる大多喜ゆかりさん
イベントへの思いを話してくださる大多喜ゆかりさん

チラシ配りからスポンサーの獲得まで市民ボランティアが活躍

―地域の代表的なイベントのひとつとして根付いた理由には、どのようなことが考えられますか?

大多喜さん:一番の理由は、市民が深くかかわって、自分たちのイベントとして映画祭を行ってきたからではないでしょうか。まるで“大人の文化祭”という感じで、映画祭のキャラクター「シネマウマ」、看板、チラシ、HPと、ボランティアスタッフがなんでも自分たちで作ってしまう熱の入れようです。そして、これほど市民が熱心なのは、昭和音楽大学や日本映画大学があるからというだけではなく、もともと文化的な関心が高い方が多く住む地域だからだと思います。映画に限らず、絵や楽器をたしなむなど、文化・芸術に造詣が深い方が多いですね。

ボランティアスタッフと「シネマウマ」が活躍する
ボランティアスタッフと「シネマウマ」が活躍する

―回を重ねるごとに、映画文化の広がりや街の変化などは感じられますか?

大多喜さん:「川崎市アートセンター」は、映画祭があったからこそ、できた施設と聞いています。当初はごく一般的な文化ホールにする計画があったそうですが、映画祭によって市民の側に自分たちが見たい映画を上映したいという意識が定着してきて、それにふさわしい施設として、映像館と小劇場のあるアートセンターが誕生したそうです。また、日本映画学校が日本映画大学となりましたし、街のあちこちでロケをしている様子を見かけることが珍しくありません。日本映画大学と麻生区、イオンシネマの企画で小学生向け映画制作ワークショップが開かれるようになるなど、映画関連のワークショップも増えてきました。余談かもしれませんが、「KAWASAKIしんゆり映画祭が好きで、ここに引っ越してきました」という方もいらっしゃいました。

「川崎市アートセンター」
「川崎市アートセンター」

―市民ボランティアとして、どのような方たちが活動されていますか?

大多喜さん:事務局の専従スタッフは2名だけで、あとはすべて市民ボランティアが企画・運営をしています。今年のボランティアの登録者数は約280人、稼働メンバーは約60人、そのうち20人が新規メンバーです。今年から高校生も受け入れ、20代後半~40代をメインに、年齢も職業もさまざまな方が集まっています。映画祭初期に参加され、子育てが落ちついて戻ってきた方もいますよ。参加理由は、映画が好きでという方が一番多いですが、仲間を作りたい、ボランティアをしたいという方も多いです。
ボランティアにノルマはなく、まさに来るもの拒まず。気軽に参加できるチラシ折込み作業から、チラシ制作・配布、協賛をいただくための地域の企業や店舗へのあいさつまわりなど、多岐に渡る作業があります。選択肢が多いので、自分の興味があるものが見つけられるし、いくつでも掛け持ちしてかまわない。本当に、ボランティアの活動で回っている映画祭です。WEBの知識がまったくない方が一から勉強してHPを作るなど、ボランティアで才能を開花させた方も多いですよ。

物販や案内などもボランティアの仕事。まさに市民が作り上げる映画祭
物販や案内などもボランティアの仕事。まさに市民が作り上げる映画祭

大多喜さん:協賛企業については、リーフレットの広告掲載、バナー広告、映画祭で実施する「シネマウマカフェ」でのコラボ商品の販売などで協力をいただいています。今年は実験的に、「シネマウマ」が協賛企業に出向いて、お店の方へのインタビューやおススメ商品の紹介をする地域動画を作り、作品上映の前に流すという新たな試みも予定しています。

2015年のシネマウマカフェの様子
2015年のシネマウマカフェの様子

違う世界が見えてくる。映画祭ならではの冒険を楽しむ

―改めて「KAWASAKIしんゆり映画祭」ならではの特色とおススメの楽しみ方をお聞かせください。

大多喜さん:特色は、“大人の文化祭”のノリでいろいろなものを作ってしまう手作り感、アットホームなところでしょうか。例えば、昨年の野球を扱った作品の上映では、小劇場をスタンドに見立てて、横断幕を作り、ウグイス嬢にゲストを呼び込んでもらうなどの演出をしました。お客さんを巻き込んだ仕掛けもあるので、客席が一体となって楽しんでいただけると思います。この映画祭に観客として初めて参加したとき、じつは私は映画をほぼ見ない人間でした。それが、ふだん新百合ヶ丘で上映していないようなイランの映画や昔の白黒映画があって、「見てみたい」という気にさせられた。ですから、映画祭のひとつの楽しみ方として、ふだんは見ないジャンルの作品を試してみるという、非日常ならではの冒険をしてみることをおススメします。そうすれば、映画館に入る前と出た後で、まったく世界が違って見えるような出会いをすることがありますよ。

『KANO 1931海の向こうの甲子園』上映後のトークイベントの様子
『KANO 1931海の向こうの甲子園』上映後のトークイベントの様子

―「KAWASAKIしんゆり映画祭2016」の見どころについて教えてください!

大多喜さん:「躍動! 日本映画!」というキャッチコピーの通り、活きの良い邦画が揃っています。今年勢いがある菅田将暉さんの特集では、菅田さんのいろいろな魅力が味わえる3作品を上映。また、「しんゆりセレクト!若手監督応援します!」では、制作当時高校3年生の監督の作品、今まで数々の短編作品を発表してきた監督の長編デビュー作、こどもの頃から新百合ヶ丘に縁のある監督の作品、という3人の若手監督の特集上映をします。そのほか、長いからと見ないのはもったいない3時間以上の作品の特集、弁士の名人芸が圧巻の活弁上映など、見どころ満載ですよ。

今年度のチラシ
今年度のチラシ

年間を通して多彩な文化・芸術に親しめる街

―大多喜様にとって上麻生エリアの魅力とはどんなところでしょうか?

大多喜さん:「川崎・しんゆり芸術祭(アルテリッカしんゆり)」、「麻生音楽祭」、「しんゆりマルシェ」、「kirara@アートしんゆり」など、年間を通していろいろなイベントが行われている街です。ですから、毎月何かしらの文化・芸術を楽しめるし、思い立ったら自分が発信する側として関われる場所も街中にたくさんあります。

シニア層が元気な一方、若い世代も「麻生.tv」といった地域の情報発信の場を作ったり、「柿まつり」でプロレスをやったり、街を盛り上げようとしている。生活の延長として、自分たちが暮らしやすいコミュニティを作っていこうという若い世代が増えている感覚があります。個人的には、自然が豊かなところもお気に入りです。起伏がある多摩丘陵の街は、歩いていると突然景色が変わったりさまざまな表情に出合えますよ。

大喜多さん
大喜多さん

NPO法人KAWASAKIアーツ・映画祭事務局

大多喜 ゆかり さん
所在地 :川崎市麻生区万福寺1-2-2 新百合21ビル B2
TEL :044-953-7652
URL:http://www.kawasakiarts.org
映画祭 HP:http://www.siff.jp
※この情報は2016(平成28)年9月時点のものです。

市民が作る“大人の文化祭/KAWASAKIしんゆり映画祭 事務局 大多喜ゆかりさん
所在地:神奈川県川崎市麻生区 
http://www.siff.jp/