320余年続く老舗の味 正岡子規も愛した豆富料理の名店/根ぎし 笹乃雪 11代目店主 奥村喜一郎さん
根ぎし 笹乃雪
11代目店主 奥村喜一郎さん
320余年続く老舗の味
正岡子規も愛した豆富料理の名店
創業320余年を迎える老舗の豆富料理店「根ぎし 笹乃雪(ささのゆき)」。根岸の地で晩年を過ごした正岡子規をはじめ、文人や花柳界、政治家など、著名人にも親しまれてきた豆富の味は、当時と変わらぬ製法と数百年を経てたどり着いた武蔵野の地下水により、新しい世代へと受け継がれている。
今回は11代目店主として「笹乃雪」の伝統を守り続ける奥村喜一郎さんに、お店の歴史と、多くの人々を魅了し続ける豆富の味やお店の在り方へのこだわり、そして根岸の街の魅力についてもお話を伺った。
お店の歴史と根岸の地を選ばれた経緯を教えてください。
今を遡ること320余年前、初代当主の玉屋忠兵衛(たまやちゅうべえ)が、生まれ育った京都で口当たり滑らかな“絹ごし豆富”を発明したといわれています。京都の一部で評判を集めて、その豆富を口にされた上野の宮様(第111代後西天皇の親王)が、京都から江戸に移る際に“何か新しいものを持っていきたい”ということで、忠兵衛をお供させ、1691(元禄4)年に根岸で豆富茶屋を開いたのが当店のはじまりとされています。それから今日まで、ずっとこの場所でお店を続けています。
根岸を選んだ理由としては、豆富づくりにおいて欠かすことのできない“きれいな水”があったからです。当時根岸は別名「呉竹(くれたけ)の里」(豊富な水を必要とする竹も生えるような恵まれた環境だった)とも呼ばれ、水のきれいな場所として知られていました。
屋号の「笹乃雪」とは、当店の豆富をこよなく好まれた宮様が「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛されたことから名付けられたといわれています。
当時は美味しい食べ物と言っても限りがあり、当店で江戸の生醤油と合わせた「あんかけ豆富」を出すと、またたく間に評判となったようです。また近くには寺社も多かったため、商売の機会にも恵まれていたようです。
店内には多くの書や絵画が飾ってありますが、どのような方が書いたものでしょうか。
当店から徒歩2分の場所に正岡子規の執筆の拠点であり終焉の地となった「子規庵」があるのですが、正岡子規とは特にご縁が深く「笹乃雪」を題にした句がいくつも詠まれています。
たとえば、次のような句を書いています。
「叔父の欧羅巴へ赴かるるに笹乃雪を贈り 春惜むや日本の豆富汁」(明治35年)
これは、子規の叔父がヨーロッパに旅立つ際、手土産として「笹乃雪」の豆富を届けたことを詠んだ句です。子規にとっては日常的な豆富ではなく、高級だからこその逸品と言う認識が強く、大切な叔父への贈り物であったり、新聞社の社長に連れられてご馳走になったりと、とっておきの食事として捉えていたようです。店の外には正岡子規が当店を題にして詠んだ句の句碑が設けられているので、ご来店の際にはぜひご覧ください。
その他にも店内には根岸ゆかりの文人や画家、書家の作品などを展示をはじめ、絵師や落語協会の集まりにも使って頂いていたようで、絵師の作品なども飾ってあります。また、有栖川宮熾仁親王の直筆の書や、昔使っていた豆富屋のラッパや5つ玉のそろばんなど、歴史を偲ぶ道具や古民具も残っています。
老舗の味と聞くと、それだけで身構えてしまいそうですが、実際にはどのような客層の方が多いのでしょうか。
親から子、孫の代へと何世代にもわたってご来店いただいている常連のお客様ももちろんいらっしゃいますが、昨今の和食ブームや健康志向と相まって、ヘルシーな豆富料理を求める方が多くなっているようで、最近は20代や30代の女性のお客様や、外国人観光客の方も多くお出でになります。
また、当店には個室もあるため小さなお子様を連れたご家族も多くいらっしゃいます。地下約80メートルから汲み、100~200年もの時を経て辿り着くピュアな武蔵野の水でつくる昔ながらの豆富の味は、赤ちゃんでも安心して食べさせられるとご好評をいただいております。
個室の利用に際しては事前のご予約をお願いしており、1・2階のテーブル席の相席もご来店の1時間ほど前にご連絡をいただければ、準備をしてお待ちいたしております。
本日ご用意いただいた「朝顔御前」についてご紹介いただけますでしょうか。
「朝顔御前」は、生盛膾(いけもりなます)、冷奴、あんかけ豆富(2椀)、胡麻豆富、絹揚(揚げ豆富)、雲水(豆乳スープ)、うずみ豆富(豆富茶漬け)、デザートのコースとしてご提供しております。
「生盛膾」は、まず、ツマだけを残してそれ以外の具材をすべて白酢あえにします。ツマは食べ終えた後にお皿をきれいにするための禅の作法として用いるもので、若い方はぜひ試してみてください。
また「あんかけ豆富」が2碗ある理由をよく尋ねられることがありますが、これは上野の宮様があまりの美味しさに「これからはふたつ出すように」とおっしゃったため、それ以後2碗1組が習わしとなったことが由来とされています。食べ方としてはからしを餡にとき、豆富をタテヨコ十字に切り分けたうえで餡と一緒に豆富をすすります。
「雲水」や「うずみ豆富(豆富茶漬け)」を召し上がっていただいてもお気づきになるかと思いますが、余計な味付けをしなくとも豆富そのものにしっかりとした味わいがあります。素直に「美味しい」と感じられる味こそが“庶民に愛される味”であり、「笹乃雪」が320余年もの間つないだ“老舗の味”でもあると思います。
最後に、地元根岸のまちの魅力について、また今後のお店の展望などについてお話をお聞かせください。
根岸の魅力と言えば、隠れた名店が多いということでしょうか。「笹乃雪」もそうですが、良心的で良質なお店が多くあると思います。
また、“根岸らしい”雰囲気の街並みが残っているのも魅力で、正岡子規の旧居跡の「子規庵」や初代・林家三平の功績や所縁ある品々を展示した資料館「ねぎし三平堂」、画家の中村不折(夏目漱石「吾輩は猫である」の挿絵画家として知られている)のコレクションを集めた「書道博物館」など、歴史や文化を感じることができる施設も点在しているので、のんびり散策してみてはいかがでしょうか。
当店と同じく根岸にあり、親交のある「子規庵」、「竹隆庵岡埜」、「花ふじ」のご主人たちとともに「根岸の里青年団」という集まりを結成したのですが、根岸にはお土産と呼べるものが無いという話になり、「子規の庵のぼうる」(税込500円)というお菓子を2012(平成24)年に共同で開発しました。当店でもお買い求めいただけるので、ぜひ一度ご賞味ください。
お店としての展望は、欲を出さずに“次の世代につないでいくこと”こそが使命だと感じています。食というのも“命”をつないでいくことでもありますし、当店のような老舗の役割としてはそれを守っていくことだと考えております。
今回、話を聞いた人
根ぎし 笹乃雪
11代目店主 奥村喜一郎さん
住所:東京都台東区根岸2-15-10
電話番号:03-3873-1145
http://www.sasanoyuki.com/
※2015(平成27)年2月に実施した取材に基づいた記事です。
内容については今後変更される場合がございます。
320余年続く老舗の味 正岡子規も愛した豆富料理の名店/根ぎし 笹乃雪 11代目店主 奥村喜一郎さん
所在地:東京都台東区根岸2-15-10
電話番号:03-3873-1145
営業時間:11:30~20:00(L.O.)
定休日:月曜日(祝日の場合は火曜日)
http://www.sasanoyuki.com/