未来の神社像がここに。赤坂氷川神社の新たな取り組み/赤坂氷川神社 禰宜・恵川さん

赤坂氷川神社
禰宜・恵川さん

未来の神社像がここに。
赤坂氷川神社の新たな取り組み

江戸8代将軍の時代からこの地に社殿を構え、赤坂と六本木総鎮守として親しまれている赤坂氷川神社。ここは伝統ある「由緒正しい神社」である一方、若き禰宜(ねぎ)による積極的な地域コミュニティへのアプローチが、たびたび話題となってきた。今回は、その名物禰宜・恵川義浩さんから地域社会と神社が織り成す“近未来型の神社像”について、お話を伺った。

まず、赤坂氷川神社の概要について、お教えください。

禰宜・恵川義浩さん
禰宜・恵川義浩さん

当社は951(天歴5)年の創立と伝えられています。以前は赤坂見附にありましたが、8代将軍吉宗公の時代に現在地に遷座されました。吉宗公は紀州家の生まれの方で、現在の赤坂御所の場所に紀州家のお屋敷があった為、「より高い場所に」という考えがあったようです。現在の社殿は吉宗公の時代に建てられたままの社殿で、震災と戦災にも耐えまして、東京都重要文化財となっています。氷川神社は各地にありますが、大宮の氷川神社が氷川神社の総本社となっております。赤坂を含む各地の氷川神社は、総本社からお御霊をいただいて分霊されたものです。ご祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)、奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、大己貴命 (おおなむぢのみこと)の三柱となっています。かつては勝海舟が近所に住んでいたこともあり、氷川神社と書かれた勝海舟直筆の掛け軸が社宝となっています。

恵川さんは氷川神社の跡取りということで、少年時代をこの街で過ごされていると思います。当時の思い出、街の変化についてお聞かせいただけますか?

赤坂氷川神社
赤坂氷川神社

私は神社の敷地の中で生まれ育ちまして、わずか40年ばかりではありますが、この地の移り変わりを見てきました。長老のように戦時中のことは分かりませんが、40年の間でもずいぶん様変わりしましたね。大きく変わったのはやはりバブルの頃でしょうか。バブル景気以前には雑居ビルや住宅が多かったのですが、個人商店はマンションやテナントビルに建て替えられました。新しいビルや大規模マンションが建ち、町の様子はずいぶん変わったと思います。

近年、この街で大規模な開発が相次ぎました。恵川さんはその変化をどう受け止められましたか?

赤坂サカス
赤坂サカス

ここ数年はミッドタウン、赤坂サカスなどの大規模開発が多くありましたね。開発によって景観が良くなりましたし、地域のブランドイメージが上がり、防犯事情も良くなったと言えます。住民の方も働く方も増えまして、街がより活気に満ちてきました。ただ、昔からの人が移り住んでしまって住民同士の繋がりが希薄になり、地域の活動やお祭りは少し盛り上がりに欠けるようになりました。

東京ミッドタウン
東京ミッドタウン

そんな時代や地域の変化の中で、神社としても「街づくり」に何らかの新しいアプローチの仕方があると考えています。私が禰宜に就いてからは、特に「お祭り」の振興に力を入れています。やっぱりお祭りには特別な意味がありまして、地域の人たちが町会に関わり、結束する力を強める機会になりますし、新旧住民の接点もやはりお祭りで生まれることが多いと思っています。

お祭りと言えば、氷川神社では「山車(だし)の復活」が大きな話題となったそうですが。

山車
山車

2007(平成19)年のお祭りから「氷川山車」という山車を復活させましたことは、神社にとって大きな出来事でしたね。今は東京の神社のお祭りと言えばほとんどが「お神輿」なんですが、江戸時代はほとんどが山車だったんです。これは京都からの流れと言われていまして、山車は子供やお年寄りでも参加できるんですね。お神輿は各町会単位で出すもので氏子しか担げませんが、神社が出す「山車」なら誰でも曳くことができます。より多くの人に関わってもらえ、地域のシンボルになるものとして是非とも山車を復活させたいと思っていました。

祭りの風景
祭りの風景

神社の蔵には江戸時代の部材(人形など)が残っていました。ですが人形から下の部分を新たに作るだけでも多額の費用がかかり、専門の職人さんを探すのも非常に大変でした。そこで2006(平成18)年にNPOとして「赤坂氷川山車保存会」を組織しました。氏子さんや地域の企業、新しく引っ越してきて町会には属していない住民など、いろんな方々にスポンサーをお願いしたのです。2007(平成19)年には1台の山車が復活し、今では昔と同じ3台となりました。

赤坂氷川神社
赤坂氷川神社

町会それぞれの神輿に加え、3台の人形山車がコラボレーションするお祭りは都内ではとても珍しいものだと思います。3台の山車に鎮座する人形は江戸時代から代々伝えられてきたものですので、地域の外の方にも是非見ていただきたいですね。山車を復活させてからは神輿と山車が巡回する地域も拡大しまして、数年前からは赤坂通りを通行止めにするなど、より多くの方に楽しんでいただけるようになりました。このことで六本木と赤坂が一体となった求心力のあるお祭りになりました。

新旧の住民が関わり合いながら、気持ちよく暮らす。そのための接点を提供するのが、神社の役割のひとつということでしょうか。

赤坂サカス
赤坂サカス

そうですね。セキュリティは完璧ですけれども、反面横のつながりが無いということは、どこの都市でも抱えている共通の問題だと思います。その中で地域の神社で行われる伝統的な「お祭り」というのは、色々な人が一つの場所に集まる貴重な機会だと思います。確かに価値観の違う人が一緒になれば問題が起きたりもしますが、解決していく中で新たな交流というのも生まれると思うんですね。

恵川さんは現在この神社の経営を担われていますが、禰宜としては若手になるかと思います。若さを生かして、時代に応じた神社改革などもされているのでしょうか。

赤坂氷川神社
赤坂氷川神社

私自身、神社の跡取りとして生まれましたが大学では中国文学を専攻し、その後9年間サラリーマンをしておりました。社会人経験を生かして「未来の神社はどうあるべきか」という問題にも取り組んでいきたいと思っています。一つは神社を難しい場所ではなく、人生儀礼で必ず訪れる心の拠りどころに考えてくれる人を増やすことです。かつて、氷川神社で結婚式を挙げるご夫婦は非常に少なく年間2~3組だったりしました。私が禰宜になってからはその数を増やすために尽力し、2年後には100組、去年今年からは300組以上になりました。

餅つき
餅つき

昔はホテルの中の神殿で挙式をし、そのままホテルで披露宴というのが当たり前でしたが、私はちょっと違うと思うんですね。神前結婚式はあくまでも“神事”として執り行ない、人生の節目のたびに神社を訪れて気持ちを確認することが大切だと思います。実際に結婚式を増やした後は、お宮参りなど人生儀礼のたびに訪れる家族がとても増えました。お祭りや初詣にも来てくださるんですね。神社自体も賑わいますし、神社の経営を安定させるということにも繋がります。また、私の代からの企画ですが「ともえ会」という“氷川神社の青年部”を組織しました。地域にお住まいの氏子さんだけではなく、お勤めになっている方も一緒になって境内の清掃や、地域のごみ拾い、子供たちを招待しての餅つき大会などを行っています。赤坂や六本木では町会や商工会などがかなり高齢の方中心になっていますので、「赤坂・六本木を良い街にしたい」という若手の同志を、神社という枠で汲み上げる必要があると思ったんです。今後も町会や商工会とも連携して“遊撃部隊”として町の振興に関わっていければと思っています。

今後、将来の地域づくりに向けて、神社が果たすべき「ミッション」は何だとお考えでしょうか。

雅楽教室
雅楽教室

私は神社とは「宗教」ではないと思っているんですよ。日本の大事な「伝統文化」の一つと考えています。ですから、氷川神社ではワシントン大学の学生を「神社体験」として受け入れたりしています。外国の方は自国の文化を非常に大事に思っていますし、そういった教育も受けていますから、非常に伝統文化に対する関心が大きいです。対して日本の方はと言うと、昔の文化に対して何か煙たいようなイメージを持っていらっしゃる方が多いですね。

赤坂氷川神社
赤坂氷川神社

でも日本人にとって、自国の伝統文化を知ることは非常に大切なことだと思うんですね。特に将来はそうなっていくと思います。私も雅楽教室を開いたりしているんですが、帰国子女の方がけっこう多いんです。何故かと言えば、海外に行って流暢に英語を話せても自分の国の文化はうまく紹介できなかった、という反省があるようなんですね。

例大祭
例大祭

 

実は近い将来、神社社務所の建て替えなどが控えており、それを機に雅楽に限らず「道」と付くものを広く教える「現代の寺子屋」作りをしたいと思っています。私は雅楽、柔道、書道などしか教えられませんがお茶や華道もそれぞれ専門の先生をお願いしたいと思っています。神社が中心となって、地域の子どもたちに日本伝統の文化の良さを伝える。これも新しい時代の神社の役割だと思っています。

赤坂氷川神社
赤坂氷川神社

今回、話を聞いた人

赤坂氷川神社/禰宜・恵川義浩さん

氷川神社に生まれ、現在も境内の自宅で暮らす。早稲田大学で中国文学を専攻、その傍ら國學院大学に通い神職の資格も取得。卒業後は9年間サラリーマンとして大手出版取次会社のネット事業部に勤め、2002(平成14)年から氷川神社に戻り、現在は禰宜を務める。特技は雅楽、書道、柔道、インターネット。

赤坂氷川神社
所在地:東京都港区赤坂6-10-12 電話番号:03-3583-1935 http://www.akasakahikawa.or.jp/

※記事内容は2014(平成26)年2月時点の情報です。

未来の神社像がここに。赤坂氷川神社の新たな取り組み/赤坂氷川神社 禰宜・恵川さん
所在地:東京都港区赤坂6-10-12 
電話番号:03-3583-1935
http://www.akasakahikawa.or.jp/