私立のような公立中「千代田区立麹町中学校」の挑戦<後編>/千代田区立麹町中学校 校長 工藤勇一先生
前編に引き続き、数々の「麹中メソッド」を取り上げながら、“麹町中の今の姿”をお伝えしていく。
今年度から復活した文化祭 ~失敗するための舞台を作る
「その道のプロ」を講師に招いて、実社会のリアルを学ぶ「麹中塾」とサークル活動は、成功への最短ルートとも言える効率的な学び方と言える。これに対し、「敢えて失敗させる機会をつくりたい」として、一度消えたものを復活させたものもある。それが文化祭だ。
麹町中ではかつてあった「文化祭」がいつからか無くなり、学校主導の「合唱祭」に縮小され、置き換えられていたという。そこで、校長が提案したのが、かつてのような、生徒の自主性に重きを置く文化祭の復活だった。生徒で実行委員会を編成させ、企画を決め、生徒への呼びかけをする。先生は基本的にそのサポートに回るというスタンスだ。
復活初年度の生徒たちにとっては蓄積された運営のノウハウもなく、当然失敗が数多く生まれ、トラブルも生まれる。だが校長は「そこが重要なんです。意見が対立するのも、トラブルが起きるのも、実社会に出れば当たり前のこと。それを解決することが成長につながるんです」と、敢えて生徒に失敗をさせる。できないことに対して感情をコントロールし、(改善に向けて)行動に移すこと。それも「麹中メソッド」の一部ということだ。
ノート指導 ~フレームワークを使った思考の“見える化”
「麹中メソッド」においては、「学び方の習得」も重視している。それを身につけるために最適と考え、取り入れたのが「ノート指導」である。
これは、すべての授業のノートを縦罫や横罫ではなく、5ミリ方眼のA4ノートに統一して、授業ごとに使いやすい区切りをして使うというもの。モデルとしては『頭がいい人はなぜ方眼ノートを使うのか?』という本で紹介された手法が使われており、実際にこの本の著者に学校に来てもらい、年度初めにノートの使い方講習会なども開いている。
この「ノート指導」は民間の学習塾等では一部採用され始めているが、公立の学校で採用するのは麹町中が初ということ。「これはどの学校でも真似できること。全国に広がるモデルケースになれば」という取り組みの一つだ。
具体的にどう区切るかは教科ごとに異なるそうだが、基本的には見開き2ページの左側ページに板書の代わりとなるB5判プリントを貼り付け、そこから右ページに気づいた点、疑問点などを抜き出し、思考の過程を「見える化」する。
そしてその疑問点については、自宅学習や補習の時間を使って明らかにし、最終的には見開きごと、つまり授業ごとに内容を要約し、見出しを付けて、「自分だけの参考書」を作る。こうすることで、自分のその時の思考が見えるようになり、「未来の自分に伝えるノート」ができるそうだ。つまりは「自分だけの参考書」が完成するわけだ。「学習というのは、分からないことを分かるようにすること」という、根本的な部分も目に見えるようになるので、生徒たちのモチベーションも高まるのだという。
手帳の活用 ~自己管理能力の育成
自己管理能力を育てるという観点から、「手帳指導」に取り組んでいるのもユニークな点だろう。これは大人が使うような、いわゆる「能率手帳」を生徒一人ひとりに持たせ、毎日のスケジュールを書き込み、メモを取り、情報を管理させるというもの。フレームワークを使い情報を整理するという点では、「ノート指導」とも共通するところがある。
この手帳についても、手帳のプロとも言える手帳製造会社(株式会社ノルティプランナーズ)の専門家に来校してもらい、生徒に対して使い方を指導しってもらっている。加えて、毎日の最後のホームルームでは手帳に書き込むための時間も取られている。
普段は先生にこの手帳を見せることも無いそうだが、時折、見せて良いページだけを公表して、その内容を評価し合ったりという機会もあり、優秀な生徒は手帳の全国コンクールである「手帳甲子園」にも参加する。そのため、生徒もそれぞれに工夫を凝らしながら書き込み、自己管理のスキルを磨いているという。
修学旅行ならぬ「ツアー企画取材旅行」
~他者意識、目的意識を持った修学旅行
さらに面白いのは修学旅行だろう。工藤校長は「今は誰でも、小さな頃からいろいろな場所に旅行に出掛けている時代。昔とは違うから、ただ京都や奈良に旅行に行くだけでは学びの意義は薄い」と話す。その「意義」を見出すために企画したのは、旅行会社とタイアップして行う、ミッション遂行型の修学旅行。名づけて「ツアー企画取材旅行」だ。
これは早速今年から実行したそうだが、まず、生徒が区内に本社を置く旅行代理店(近畿日本ツーリスト株式会社)の社員になったという想定で、「面白い京都・奈良ツアーのプランを提案せよ」というミッションを与えられる。そのミッションに応えるため、生徒は旅行先の事前研究を行い、チームごとに回るコースを決め、「取材」として、旅行に出かけていく。旅行先では写真を撮ったり、細かな部分の確認をしたり、時には街の人や商店の人にも取材も行いながら、それぞれの班ごとに活動する。
そして、最終的には一つのパンフレットとしてツアープランをまとめ上げ、各班で競い合う。これが麹町中の「ツアー企画取材旅行」である。
この過程では旅行代理店からパンフレットのデザイン担当者、編集担当者らが来校し、写真の構図や取材で面白い話を引き出す方法などについて指導をしてもらう機会も設けため、出来上がったパンフレットのクオリティは中学生の作品の域を超えている。実際にミッションを終えた生徒からの反応も、「やり甲斐があって楽しかった」などと、上々だったという。「今までの修学旅行というのは、漫然と出かけ、感想文を誰に見せるわけでもなく書くだけでした。でもそれでは意味が無い。旅行にしっかりとした目的があって、成果をプレゼンする相手が明確に見えている。それが生徒のモチベーションにつながるんです」と校長は話していた。
まだまだ改革は序の口
このように学校の組織改革から始め、わずか1年半ほどの間に数々のユニークな取り組みをスタートさせてきた工藤校長。最初の頃は懐疑的だった学校の教職員も、今では校長の理念を理解し、学校が一丸となって改革に取り組めるようになったという。これからは更に加速度を増し、次々に新しい改革、企画を打ち出してくれることだろう。
数々の取り組みの話を聞きながら強く感じたのは、校長は何の学習においても「その道のプロ」の指導を仰ぐことを大事にしているという点だ。どんな業界であっても、「プロ」はその道を生業にしている人々であり、その道で「生き抜く能力」を持っている人々である。そういった人の話を聞くことが、生徒の本当の力になる、と確信しているのだろう。
また、工藤校長は自らの取り組みについて、「公立学校の挑戦」としばしば語っていた。公立校はさまざまな規制のもとで縛られて停滞し、私立校の後塵を拝することになってしまった。その悔しさがあるからこそ、ここまで精力的に活動できるのだろう。
「公立学校にも優秀な先生方は沢山います。でも現状では、そういう先生方の能力を活かしきれていない。うちのやっていることが、全国の公立学校を励ますようなものになれば、この国の公立学校の教育は変わっていくと思っています」。
言葉に信憑性があるのも、工藤校長ゆえだろう。
かつて“エリートコースの常道”を形成していた公立校が目指すのは、単なる進学校としての地位奪還ではない。生徒一人ひとりが自律し、希望と誇りを持って社会に出ていく基盤をつくること。日本の中枢とも言えるこの地で、その期待に向けた取り組みはスタートを切ったばかりだ。
「いま、この学校は第2志望の学校になってしまった。それを第1志望の学校に返り咲かせたい」というのが、校長の夢の一つでもあるそうだが、その日は案外近いのかもしれない。
千代田区立麹町中学校
校長 工藤勇一先生
所在地 :東京都千代田区平河町2-5-1
電話番号:03-3263-4321
URL:http://www.fureai-cloud.jp/kojimachi-j/
※2015(平成27)年10月実施の取材にもとづいた内容です。 記載している情報については、今後変わる場合がございます。
私立のような公立中「千代田区立麹町中学校」の挑戦<後編>/千代田区立麹町中学校 校長 工藤勇一先生
所在地:東京都千代田区平河町2-5-1
電話番号:03-3263-4321
http://www.fureai-cloud.jp/kojimachi-j/