社長 馬場 暁彦さんインタビュー

岩手ならではの食文化を築いてきた老舗そば店/東家(岩手県)


盛岡市中心部の中でも古き良きまち並みが魅力的な「旧葺手(ふきで)町」。その通りに、明治時代から続く老舗そば店「東家 本店」がある。日本三大麺の1つである盛岡名物「わんこそば」を代表する店として、全国各地からファンが訪れる。葺手町を歩き、大正時代を彷彿とさせる外観に惹かれて暖簾をくぐると、割烹着を着たお給仕の方が「いらっしゃいませ」と元気に出迎えてくれる。店内を見渡すと、わんこそばに挑戦しているお客さんが何人か見える。今回は、わんこそばを軸にまちを盛り上げている5代目社長の馬場暁彦さんに、東家の歴史や盛岡の魅力についてお話を伺った。

株式会社5代目・馬場暁彦さん
株式会社5代目・馬場暁彦さん

おもてなしの気持ちから生まれた食文化

――東家の歴史についてお聞かせいただけますか。

馬場さん:昔、盛岡には「大清水多賀」という大きな料亭がありました。盛岡で一番有名だったその料亭で板前をしていた東吉(とうきち)さんという方が、独立して開いたお店が今の東家です。1907(明治40)年創業で、私で5代目になります。わんこそばの文化は以前から盛岡に根付いていましたが、観光のひとつとして確立したのは東北新幹線が通った1980年代頃。これから岩手を訪れる多くの方におもてなしができるようにと、4代目がほかのそば屋さんにも声をかけて今のような形になったと聞いています。

古き良き趣ある外観
古き良き趣ある外観

――わんこそばの由来を教えてください。

馬場さん:由来は諸説ありますが、うちでは「精いっぱいのおもてなし料理」説を採用しています。その昔、岩手県北部では土地が貧しく豊かな農作物ができなかったそうです。しかしそばは生命力が強い雑穀で、その地域でも収穫できたため、結婚式などのおめでたい席で、精いっぱいのご馳走として用意できるのがそばでした。今もそうですが、そばを一度に大量に煮るのは難しく、ましてや当時は火力も弱いし、大きな釜を用意するのも難しかった。だから一度に調理できる量を小分けにして出すようにしたそうです。例えばお客さんが100人来たら、10人分を茹でて、それを10等分に小分けにしてお出しする。それを食べてもらっている間に次の分を茹でて…。その風習を「そば振る舞い」と呼んでいて、ハレの日の料理として存在していました。当時の人からしたら、精いっぱいのおもてなしだったんですよね。遠方から来たお客さんにとにかくたくさん食べてもらうための工夫が、わんこそばの文化になっていったのではないかと言われています。

店内に飾られているわんこそばの由来
店内に飾られているわんこそばの由来

提供する料理に合わせ、毎朝3種の麺づくり

――お蕎麦のこだわりを教えてください。

馬場さん:毎朝3種類の自家製そばを作っています。もりそばやかけそばなどのメニュー用のそば、手打ちそば、そしてわんこそば専用のそば。メニュー用と手打ちは、そばの風味が立つように作っていますが、わんこそば専用のそばは、何よりもたくさん杯数を食べられるように工夫しています。そば粉の配合を強くすると食べ応えが出てしまうので、代わりに小麦の配合を多くして柔らかく茹でて、喉越し良く食べられるようにしています。

比較的柔らかいわんこそば専用の麺
比較的柔らかいわんこそば専用の麺

――おすすめのメニューは何でしょうか。

馬場さん:看板メニューはもちろんわんこそばですが、人気なのは特製カツ丼です。地元の方は特に皆さんよく食べていかれます。揚げたてのカツと卵と特製ダシが絡み、粗挽きコショウがピリっと効いているのが特徴です。カツ丼にもわんこそばサイズのかけそばが付きます。それから、東日本大震災をきっかけに生まれた「くるみそば」もおすすめです。岩手県沿岸で採れる「和ぐるみ」をペースト状にしたそばで、地域のお母さんたちがくるみを剥いてくれています。ほんのりと甘みがあるので、お好みの味加減を自分で整えられるようにしてお出ししています。

わんこそばに挑戦すると証明書が、100杯以上は特製木札がもらえる
わんこそばに挑戦すると証明書が、100杯以上は特製木札がもらえる

――わんこそばを楽しむコツはありますか。

馬場さん:私はよく「家を出てから帰るまでがわんこそば」と言っています。ついたくさん杯数を食べなきゃと思ってしまうのですが、苦しくなるまで食べてしまうと、その後動けなくなってしまいますから。自分の胃袋と相談して岩手や盛岡のまちを楽しむ余白を残して欲しいですね。杯数よりもその空間を楽しむことが大事です。わんこそばは一大エンターテイメントです!楽しい思い出にして帰ってもらえたらいいなと思います。

「はい、どんどん!」と元気な掛け声にそばが進む
「はい、どんどん!」と元気な掛け声にそばが進む

馬場さん:また、給仕が「はい、どんどん!」「はい、じゃんじゃん!」と掛け声に合わせてそばを出すのがうちの醍醐味です。最近はコロナ禍で封印していますが、お給仕の接客やその場の雰囲気を楽しんでもらえたらと思います。

――周辺エリアにはほかにも店舗がありますか。

馬場さん:わんこそばができるのは本店、駅前店、大手先店の3つです。大手先店はコロナ禍で休業している時もありますが、本店、駅前店は感染症対策や営業時間の短縮をしながら営業しています。ほかにも、地産地消にこだわったイタリアンのお店「シャトン」や、創作料理とお酒を楽しめるダイニングバー「九十九草(つくもぐさ)」などを運営しています。

薬味の種類が豊富なのも魅力
薬味の種類が豊富なのも魅力

――テイクアウトもできますか

馬場さん:はい。メニューのほとんどがテイクアウト可能です。季節の食材を使った特製弁当や月替り弁当の配達も行なっています。また、ご自宅でも楽しんでいただけるように「おうちでわんこそばセット」もご用意しています。ネットからもお買い求めいただけます。

ご自宅でも楽しめる商品もご用意
ご自宅でも楽しめる商品もご用意

ニューヨークから戻って気づく盛岡の魅力

東家本店のある旧葺手町の通り
東家本店のある旧葺手町の通り

――盛岡に生まれ育って、まちの変化をどう思われますか。

馬場さん:まちの雰囲気は変わらないけれど、自分のまちとの向き合い方が変わったと思っています。実は、思春期の時はとにかく盛岡から出たいと思っていました。高校を卒業してすぐに東京に出て、その後アメリカのニューヨークに移住しています。11年ほど向こうで過ごして、33歳の時に戻ってきました。最初はニューヨークと盛岡のギャップが激しくて大変でしたが、今となっては盛岡って面白いなと思うようになりました。それは自分が盛岡に向き合うようになって、自分から面白いことを仕掛けていくようになったからだと思います。盛岡には面白い人がたくさんいるので、楽しいまちになってきたと感じます。人脈も作りやすいので、新しいことにチャレンジするのにもちょうどいいまちだと思います。

――盛岡の中心部の住み心地はどう思いますか?

馬場さん:中心部は何でも揃っているし、広すぎずちょうどいいキャパシティなので、住みやすいまちだと思います。海も山も気軽に行ける距離感にあるので遊び方も幅広いし、まちなかには文化がたくさん残っているし、飲食店も個性豊かな店が多い。アパレルや雑貨も、大型商業施設に行かなくても魅力的なお店がたくさんあります。ピンポイントで欲しいものはネットで見つけられる時代ですが、想像していなかったものに一目惚れして衝動買いするような、魅力的なものに出会うチャンスがかなり多いまちですね。

東家 本店 外観
東家 本店 外観

――おすすめのスポットを教えてください。

馬場さん:店の近くにある中津川は、夏になると子どもたちが遊んでいてとてもいいなと思います。店の前の通りも、夜の雰囲気に趣があって良いです。全体的にまちなみがレトロで懐かしい空気がありつつ文化的で洗練されていて、まちを歩いているだけで楽しいですよ。

――地域の人々に対してどのような印象がありますか。

馬場さん:面白いことにチャレンジしている人がたくさんいるし、喜びも悩みも共有できるから、一人じゃないなと感じます。こぢんまりとしているけど、ちょうどよくて、いい規模感のまちですよ。盛岡は何かにチャレンジするのにちょうどいい大きさのまちだと思います。

「楽しかった」と言ってもらえる店に

――大切にしていることは何ですか。

馬場さん:普通の飲食店で食べた時の感想は一般的に「美味しかった」だと思いますが、わんこそばはエンターテイメントの要素が強いので、「楽しかった」という人が多いです。とにかく楽しい思い出をつくって帰って貰えるように努力し全力を尽くすことを常に心がけています。

――今後の展望を教えてください。

馬場さん:今後もコロナ禍と長く付き合わなければいけないと思うので、抜本的な事業の再構築を考えています。アフターコロナを見据えながら、いかにこれを乗り切っていくか、考えています。毎年秋に「わんこそば選手権」をやっていたのですが、それもできない状況なので代わりにわんこそばダンスを踊ってYoutubeで配信しました。世の中が落ち着いたときに「岩手楽しそうだな、行ってみたいな」と思ってもらえるように、今できることに取り組んでいます。

――新しく新町に住まわれる方に何か一言いただけますか。

馬場さん:これまで盛岡に来てくれた友人はみんな「ここに住みたい!」と言うんです。私は「2月に一度来てみて、岩手の寒さを体験して気持ちが変わらなかったらおいで」と冗談交じりに伝えています。(笑)でも、このまちに住みたいとたくさんの人に思わせるほど、魅力がある場所だと思いますよ。

東家 本店

社長 馬場 暁彦さん
所在地 :岩手県盛岡市中ノ橋通1-8-3
電話番号:019-622-2252
URL:https://wankosoba.jp/wankosoba/
※この情報は2021(令和3)年9月時点のものです。

岩手ならではの食文化を築いてきた老舗そば店/東家(岩手県)
所在地:岩手県盛岡市中ノ橋通1-8-3 
電話番号:019-622-2252
営業時間:11:00~15:00、17:00~18:30
https://wankosoba.jp/