屋敷町の歴史を今に伝え、日常と特別な時間を彩る洋館レストラン/小笠原伯爵邸 総支配人 渡辺美智子さん 、広報 宮下千草さん
新宿区河田町、都営地下鉄大江戸線「若松河田」駅から歩いてわずか1分の場所に1軒のスペイン様式の洋館が佇んでいる。東京都選定歴史的建造物にも指定されている「小笠原伯爵邸」だ。昭和2(1927)年に建てられたこの邸宅は、当時の趣ある姿で地域の歴史を伝えながら、現在は大磯などでもレストラン事業を行う「インターナショナル青和株式会社」の手で丹念に修復され、スペイン料理レストランとして賑わう。
今回は、「小笠原伯爵邸」の総支配人を務める渡辺美智子さんと、広報担当の宮下千草さんに、建造物としての歴史や魅力、レストランのこだわり、地域の魅力などについてお話を伺った。
1927(昭和2)年に竣工した小笠原家第30代当主、小笠原長幹伯爵(旧小倉藩主)の本邸
――「小笠原伯爵邸」の建物は、通りがかるだけで思わず目をひいてしまいますね。
渡辺さん:この建物は、最後の小笠原藩主の長男として生まれた小笠原長幹伯爵の邸宅だったものです。
そもそもは、この場所には江戸時代から下屋敷があったのですが、関東大震災で崩壊してしまいました。その経験から、長幹伯爵は大震災にも負けないしっかりとした建物を作りたいと考えられ、ご自身が西洋の学問を勉強されたことなどもあり、当時の民間の建築設計会社として最も大きかったといわれる、曾禰(そね)達蔵氏と中條精一郎氏の建築事務所に依頼してこの洋館を建てたそうです。
曾禰氏は日本の明治以降の建築を築いたといわれるイギリス人建築家ジョサイア・コンドル氏(「鹿鳴館」などを設計)の4人に弟子の一人として知られています。また、スペイン様式は当時の流行でもありました。
現在の敷地面積は千坪程度ですが、当時の敷地は2万坪ほど。その中でこのお屋敷は、伯爵夫妻の生活の場として、また伯爵が貴族院議員などの役職もやられていたのでおそらく迎賓館のようにも使われていたのだろうと思います。
それに、この建物には名だたる芸術家の作品もポイントポイントに組み込まれています。ステンドグラスはステンドグラス作家の草分け、小川三知の作品ですし、外壁タイルも釉薬研究の第一人者、小森忍の作品です。伯爵ご自身も美術や芸術に造詣が深かったそうで、中庭の彫像はご自身の手によるものです。それに、どれも生き物とか植物がモチーフになっているのも特徴です。小花が吹き寄せたようなステンドグラスや、生命の賛歌をモチーフにしたと言われる外壁タイルなど。これらが、すごく建物にアクセントを添えてくれているんです。
――美術や芸術的要素が集約した建物なんですね。
渡辺さん:はい。ただ、戦後のGHQの接収され、東京都へ返還後一時取り壊しを検討された時期などもあり、私たちが貸りた時には20年以上も誰も住んでいなかったので、さすがに廃墟のようになっていました。これを修復するにはどれだけ経費が掛かるんだろうという不安がみなさんおありのようでしたが、わたしどもは、グループ会社の「箱根アルベルゴバンブー」という店舗で壁材、床材などすべての建材をイタリアから輸入して一軒家レストランを造った実績がありました。そのとき、イタリアを起点にヨーロッパにアンティークを含めた、建材、家具などを入手できる現地チームがおりました。そこで、是非にとコンペに手を上げさせていただいたところ、任せていただけることになったのです。
そこからは、本当に根気のいる作業でした。当時の図面や竣工写真などを見ながら、そのテイストを崩さないように家具や調度品も作ってもらいました。必要なものはほとんど海外から持ってきています。鉄格子の鉄や壁の漆喰、照明器具にいたるまで。それに、外壁タイルはオープンしてからもずっと修復していました。なにしろ剥げ剥げになっており、パーツは全部で1,600パーツくらいありましたので、これを1枚1枚貼っていくわけですから本当に手間暇のかかる作業でした。営業するまでに1年半~2年。営業してからも入れると3年くらいかけて改修していたことになります。
――本当に手抜きのない繊細な細工が、入っただけで伝わってきます。
渡辺さん:だからこそ、見事にスパニッシュ様式を再現できていると思います。例えばパティオにあるスペイン様式の小さい窓。ここに鉄の格子が組まれています。さらに、掻き落とし仕上げのクリーム色の外壁、真っ青なスペイン瓦。これはとても完成度の高い空間です。
正面から見ると、葡萄の蔦と葉と実がデザインされたエントランスキャノピー(外ひさし)は、とてもスペイン様式の建物感があふれています。
当時流行りのシガールームもよく再現しています。ちょっとイスラム様式を汲んでいて、大理石の柱や大理石で模様が描かれた床など、当時のままのものを使用してとても贅沢な空間に仕上がっています。
スペイン料理の伝統的技法に和の食材が融合。思いもよらない組み合わせを作り出す
――お店ではどんなお料理をいただけますか。
渡辺さん:オープンは2002(平成14)年です。当時は、フランス料理やイタリア料理こそ素晴らしいレストランがたくさんできてきていますけど、スペイン料理はまだ、本格的なものはほとんどなかったんですね。ここは、建物がスペイン様式ですから、だったらそこに焦点をあてようということで、スペイン料理を始めました。
今のシェフは3代目で、スペイン・バルセロナの名店「Neichel(ネイチェル)」のセカンド・シェフを経験したスペイン人シェフです。彼は来た時に、日本の食材とか、四季を大切にする日本料理に感動したんですね。それで、そういうところにもアンテナを張って、和の食材や季節を大切にして料理を作っています。地方の旬の食材から山菜にいたるまで。これら日本の食材をアクセントにスペインならではの食材と融合させ、スペイン料理の伝統的な技法で調理していくのです。
――この店で人気のメニューなどありますか。
渡辺さん:日本にも素晴らしい豚肉がありますが、やはりメインのイベリコ豚は外せないですね。お客様にも、その中でも希少部位を料理したものがとても人気です。周りに添える季節野菜が変わったり、ソースが変わったりはしますが、やっぱりイベリコ豚の料理が一番人気なんです。
宮下さん:手前味噌ですが、イベリコ豚は本当においしい。例えば、イベリコ豚のプルマは赤身で柔らかく、ジューシー。それでもって脂っぽくないんです。
――ほかにも個性的なメニューなどありましたら教えてください。
渡辺さん:コースには、必ずお米の料理が入るのも特徴です。スペインのお米を使うこともありますが、古代米とか黒米、赤米なども使います。魚介の出汁や、肉(鶏、鴨、ウサギなどの骨)の出汁を使ったりしながらシェフが日本に来てチャレンジして作り上げたんですが、とてもおいしいです。
宮下さん:ちょうど今だと「赤米のアロス 烏賊とソプラサーダのソフリット 韮の花」をお出ししています。“アロス”とは米のこと。色々な調理法がありますが、今回の赤米のプチプチとしたアルデンテ感は最高です。
大切な方を招きたい。館内すべてを借り切って開催するパーティは最高の一日を心に刻む
――貸し切りパーティなども開催されるのですか。
渡辺さん:はい、よくご利用いただいています。ガーデンも含め、まるまるこの洋館をお貸しするんです。もともと、スペイン料理にはタパスとかピンチョスという文化があるので、それをパーティ料理にしてお客様のもとへお運びするのにとても合っているんですね。お客様にはいろんな部屋を回遊しながら、いろんな方と歓談を楽しんでいただき、とても解放感を味わっていただけます。それに、パエリアですと大鍋で作ったり、庭にあるグリル設備を用いてグリル料理を提供したりといったことも喜んでいただいています。
結婚式も多いです。しかも連鎖反応を起こすようです。前回は招かれてとても良かったから今度は招くほうで利用したいとか、逆に、前回は緊張していたけど今度はゆっくりと楽しめるとか。同じ会社にお勤めのお客様同士が招いたり、招かれたりすることもありました。
――こちらでパーティを主催されることもあるのですか。
渡辺さん:企業様のパーティや新作発表会など様々なイベントの開催もありますが、当邸主催の全館貸切パーティも年に3回くらい開いています。毎年お越しになる常連様ですぐ定員になってしまう盛大な「スペインナイト」というパーティや、夏の浴衣パーティ、クリスマスにはブラックタイのパーティとか。ここしかない空間で、非日常的なことを体験していただけたらと思っています。
気軽に利用できるスペイン缶詰のバー「OGA BAR by 小笠原伯爵邸」
――ひとつの部屋では「OGA BAR」を営業されていますね。
渡辺さん:レストランは予約になりますが、「OGA BAR」は予約なしでも気軽にご利用いただけます。料理はスペインの缶詰に特化していますので、これをつまみにスペインワインを飲んでいただける場所です。スペインの缶詰は日本の保存食と違って、旬のものをおいしい瞬間に缶の中に閉じ込めようというのがコンセプト。こちらで扱っているのは添加物なども一切加えず、口にすれば素材のクオリティのよさが際立ってわかります。もちろん一般的な保存食の缶詰のイメージよりも値段がはるわけですが、このスペインの缶詰をみなさんにもっと知っていただけると嬉しいです。
宮下さん:スペインの缶詰は、今はだいたい20種類くらいをご用意しています。バル自体をスペインの食文化の発信地としたく、缶詰だけでなく、海水から生まれた結晶が美しい塩や、有機のジャムなどハイクオリティの食材たちを集め、ブティックのようにお買い物いただくこともできます。これだけスペインに特化したところはまずないのではないでしょうか。輸入食材の店でも、これだけハイクオリティな、しかも、スペインのものばかりを集めたところは聞いたことがないですね。イタリアとかフランスとかは混ぜない。そこのところは、すごくこだわっています。
都営大江戸線「若松河田」駅から徒歩1分、閑静な街並みに囲まれた特別な空間
――このあたりの雰囲気や魅力などありますでしょうか。
渡辺さん:とにかく“静か”です。新宿でありながら、またここ当邸に限って言えば緑があります。そして時間が忘れられるような空気が漂っているんです。
宮下さん:
この辺りは元々屋敷町で、今は閑寂な住宅街ですので、そういう意味では、東京の都心「新宿」というイメージからは想像ができない静けさがありますね。「小笠原伯爵邸」の中に入ると、さらにその雰囲気が増します。
渡辺さん:「新宿西口」駅から都営大江戸線でも2駅の近さです。賑やかになりつつ東新宿もお隣ですし。自由が丘みたいにお店が点在しているというわけではないですが、だからこそ、静かで、都会を忘れさせてくれる雰囲気を持っています。
宮下さん:「小笠原伯爵邸」は洋館として知られていますが、ガーデンにも春夏秋冬いろいろ趣向を凝らすようにしています。春に花が咲くアーモンドの樹や5月に降るように咲くモッコウバラ、夏から秋に丸々と実をつけるオリーブの樹など。ここにいると、新宿にいるのを忘れてしまうくらい、植物の四季に詳しくなります。
渡辺さん:建物もガーデンもとても素敵で、いらっしゃった方は、ほぼ皆さん、館内を案内してほしいとおっしゃります。ですので、私たちスタッフも、この建物の歴史や調度品だったりをとても勉強しました。わたしたちも、そういうことも好きですので、どんどん詳しくなっています。是非、ここに来て、この建物を実際に目で見て歩いていただきたいです。そして是非、わたしどものスペイン料理を堪能してみてください。
小笠原伯爵邸
総支配人 渡辺美智子さん
広報 宮下千草さん
所在地:東京都新宿区河田町10-10
電話番号:03-3359-5830
URL:http://www.ogasawaratei.com/
※この情報は2016(平成28)年10月時点のものです。
屋敷町の歴史を今に伝え、日常と特別な時間を彩る洋館レストラン/小笠原伯爵邸 総支配人 渡辺美智子さん 、広報 宮下千草さん
所在地:東京都新宿区河田町10-10
電話番号:03-3359-5830
営業時間:11:30~15:00、18:00~23:00
定休日:年末年始
https://www.ogasawaratei.com/